名門校でプレーした高校、大学時代は大物選手の陰に隠れる存在。スピードボールを武器に、その名はようやく全国に知れ渡ってきた。エイジェックは2018年創部。プロ入り第1号の期待も大きい。 取材・文=大平明 写真=福地和男 
社会人では大所帯の63選手が所属するエイジェック。競争激しいチームで主戦投手を務めている
「自分はスターじゃありませんでした」とこれまでの野球人生を振り返るエイジェックの
河北将太。浦和学院高時代は3年夏の甲子園に背番号1を着けて出場したものの、先発を任されていたのはその年のドラフト2位で
西武に入団した
渡邉勇太朗。河北はリリーフとしてマウンドに上がり、2試合通算で3回1/3の登板にとどまった。さらに、中軸には早大を経てドラフト1位でプロ入りした
蛭間拓哉(西武)がおり、東洋大では1学年下に同じく1位入団の
細野晴希(
日本ハム)が在籍。上位指名される逸材とプレーし「自分はプロへ行けるような選手ではない」と感じていたという。
その意識が変わったのは大学3年生のとき。
森下翔太(
阪神)がトレーニングを行っていたことでも知られる野球専門のスポーツジム・Rebaseで指導を受けるようになってからだ。「当時の球速は最速でも144キロ。ずっと『150キロは無理だ』と周りから言われてきたのですが、細かな動きに注意してフォームを修正。さらに、リズム、テンポ、タイミングを意識しながら全体の流れを重視して練習を重ねてきました」。すると、1年後の大学4年時にはリーグ戦で・・・
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