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耐久高・野崎健友(投手) プロも見据える公立校エース「相手から『怖い』と思われるような投手になりたい」

 

ドジャース・山本由伸を参考に、バランスの良い投球フォームが持ち味である。高校入学後から本格的に投手に取り組み、急成長を遂げてきた。野手経験が豊富な野球センスが、ピッチングを支えている。
取材・文・写真=沢井史

和歌山県出身。地元の公立校で文武両道を目指したいと、耐久高に進学した


土台づくりに専念


 2024年春のセンバツ。和歌山の県立校で1905年創部の耐久高が、一般選考枠で春夏を通じて甲子園初出場を果たし話題となった。中央学院高(千葉)との1回戦を迎えた甲子園アルプス席に、4月に入学を控えた野崎健友の姿があった。

「チーム(由良シニア)全員で見に来ていたんですけれど、何とも言えない雰囲気、ムードを感じましたし、スタンドの声援のすごさにびっくりしました。あの応援の中で野球ができる先輩方がうらやましかったです」

 中学時代はジャイアンツカップに遊撃手として出場し、投手もこなす二刀流選手として、中心的存在だった。シニアの監督に伝統校・耐久高を勧められ、野崎も勉強と野球を両立する地元の公立校に魅力を感じたという。耐久高の野球部には野手として入部。入学直後の1年春の県大会では背番号「20」を着けてベンチ入りし、箕島高との初戦(2回戦)で1回無失点。三者凡退に封じる公式戦デビューを飾った。1年夏は背番号「13」で三塁手として出場。県和歌山高との3回戦では九番で先発出場すると安打をマークし、敗退した近大新宮高との準々決勝も九番でフル出場した。野手としても先輩に負けない堂々たる打撃を見せたが、同秋から投手の練習もするようになった。

 入学当時のストレートの最速は133キロ。井原正善監督は育成プランを明かす。

「野手としてのセンスは高いですが、入学したときから投手としての可能性も感じてきました。トレーナーと話をしながら、投手も含めた起用法を、考えながらやってきました」。下級生だったころは無理をさせないことを第一にメニューのバランスを考えてきたが、野崎は1年生時、投手として「未熟だった」と振り返る。

「中学時代は何とか投げられていましたが、高校に入ったころは球がシュート回転してしまう場面が多かったので、まず狙ったところに投げる練習をしました」

 体も決して大きいほうではなかったため・・・

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