少年時代からあこがれを抱いていたプロ野球選手という職業。その舞台に足を踏み入れると、想像以上の世界が待っていた。己の生きる道を求めて、決意したバイプレーヤーとしての道。どんな場面の起用にも応えるべく、あらゆることを想定する。勝利のピースとなるために、仕事人は今日も準備を怠らない。 取材・文=菊田康彦(スポーツライター) 写真=桜井ひとし、BBM 試合での出番を常に想定
1対1の同点で迎えた延長12回裏、二死二塁。一打サヨナラのチャンスで
中日の絶対的守護神、
ライデル・マルティネスのインコースへのストレートにスイングを仕掛けた宮本丈の打球は、鈍い音を残して一塁手の左へ転がった。
マウンドを駆け下りてベースカバーに向かうマルティネスに負けじと、宮本も必死の形相で走って頭から一塁ベースに飛び込む。「アウト!」という塁審のジェスチャーにヤクルトの
高津臣吾監督がベンチから両手で大きく四角形をつくってリクエストを要求するも、リプレー検証で判定が覆ることはなかった──。
4時間43分におよぶ長丁場の末、引き分けに終わったヤクルトの2024年シーズン開幕2戦目(3月30日)。ほかに誰も選手のいなくなった神宮球場の一塁側ベンチから宮本が姿を現したのは、ゲームセットからさらに15分ほど過ぎたころだった。
「試合後の素振りはもうずっと、入団したときからやってます。良かった日も悪かった日もいろいろ感じることがあるんで、打てなかったら何がダメだったのかを振り返って『あのときの球はこういう意識で行ってたな』とか、思い出しながらっていう感じですね」 17年に
ロッテから移籍してきた
大松尚逸(現ヤクルト打撃チーフコーチ)が一人で始め、その姿を見た
西浦直亨(現
DeNA)も追随するようになった試合後のベンチ裏での素振り。翌18年には就任したばかりの
石井琢朗打撃コーチ(現DeNAチーフ打撃兼走塁兼一塁ベースコーチ)らの発案で若手選手の“日課”になるのだが、ちょうどその年に入団したのが宮本だった。
「プロに入ったときは、試合のあとは一軍でも二軍でも素振りをするのが当たり前やったんです。それを今でも続けてるというか、体に染みついてる感じですね」 事もなげに話す宮本だが、毎試合後の素振りに限らず、その練習熱心さはチームの誰もが認めるところだ。自身は
「めっちゃやってるイメージがあるだけで、みんな(練習は)やってますよ。自主トレとか一緒にやってても村上(村上宗隆)もめっちゃバットを振ってますし、若い選手もやってるんで、そんなに変わらないんじゃないかなと思います」と笑うが、
森岡良介内野守備走塁コーチはこう証言する。
「(若手の)手本として最高の選手ですよ。とことん準備して試合に入るし、練習に取り組む姿勢はもうちょっと若手に見習ってほしいなってところもあります」
試合前の練習にしても、その一つひとつに意図がある。例えばフリーバッティング。スタメンでない限りは、相手チームの中継ぎ陣との対戦を想定しながら、ケージに入る。
「代打で行くことも多いんで(試合の)後半に出てくるピッチャーの軌道とかをイメージしながら『対戦したらこういうふうに打っていこう』みたいな感じでやってます。変化球が多い、例えばスライダーが多いピッチャーだったら(打撃投手に)スライダーを多めに投げてもらったりもしてます」 自ら
「想定は結構するタイプです」と言うように、マシン相手のバントにしろ、ファーストミット、内野用、外野用と3つのグラブを常備するノックにしろ、塁間でのベースランニングにしろ、常に試合での出番をシミュレーションしながら練習に取り組んでいる。
''「ベンチスタートのときは絶対バント(練習)は多めにやるようにしてます。(試合の)後半に出てくるピッチャーはみんな球が速いんで・・・
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