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野球浪漫2024

巨人・泉圭輔 “ふるさと”への思いを胸に「野球というものを通して、少しでも勇気を与えたり、元気づけられたらいい」

 

常勝軍団でどん底を見た右腕は、さまざまな思いを抱えて2024年シーズンに挑み、新天地となった憧れの伝統球団で、未来につながる鮮やかな復活を遂げた。
文=北川修斗(スポーツライター) 写真=川口洋邦、桜井ひとし、BBM


一生忘れられない試合


 常勝軍団から伝統球団へ──。

 泉圭輔にとって2024年は、あまりにも大きな転機となった。ソフトバンクで入団1年目から順調に一軍登板を重ね、20年から22年は3年連続で30試合登板以上を記録。だが、一転して3試合登板のみと苦しんだ23年シーズンの終了後、高橋礼とともに巨人のアダム・ウォーカーとの交換トレードが発表され、「巨人・泉圭輔」が誕生することになった。

 昨秋の11月9日、秋季キャンプ中だった宮崎にて行われた入団会見で、「ジャイアンツの歴史と伝統のあるユニフォームを着てプレーできることを、本当にうれしく思います。今回の移籍を大きなチャンスと捉えて、これからより一層、頑張ろうと思いました」と高らかに決意表明した。

 幼少期から巨人のファンだった。石川県金沢市出身。テレビ中継といえばもっぱら巨人戦だった。小さいころから憧れていたユニフォームにプロ野球選手として袖を通すことになり、「素直に“ジャイアンツのユニフォームを着ることができるんだ”と思いました。びっくりしましたけど、求められて行く(移籍する)というのは、すごくありがたいこと。不安もありましたけど、楽しみが一番大きかったですね」と1年前の秋を振り返る。

 23年シーズンはどん底だった。開幕一軍でスタートしたものの、登板機会がないまま4月3日に出場選手登録を抹消。5月19日に再昇格したものの、2試合目の登板となった同27日のロッテ戦(PayPayドーム)で2/3回を2失点で降板。翌日の同戦にも登板したが、1イニングで4四死球と制球にも苦しみ3失点。同29日に再び二軍降格となってしまった。

 そこから取り組んだのは課題となっていた制球面。「フォアボールを出さないということは自分が一番できること。打たれるどうこうはバッター絡みなので、まずはフォアボールを出さないようにと意識した」

 この年、一軍では3試合に登板して2回2/3を投げ5四死球を与えていたが、二軍戦では46試合の登板で47回1/3を投げて6四死球と大きく改善。防御率こそ4.18と奮わなかったものの、「あとはそこにどうやって出力とかを乗せていくかだけ」と確かな手応えも得ていた。

 一生忘れることができない試合がある。ソフトバンクでの22年シーズン、マジック1で迎えた10月2日のロッテ戦(ZOZOマリン)。2点リードの6回に二番手で登板した右腕は、山口航輝に逆転3ランを被弾した。勝つか引き分けかでリーグ優勝が決まる試合でまさかの敗戦投手に。激しく優勝を争っていた2位のオリックスが勝利を収めたことで、ソフトバンクは圧倒的有利な状況からライバルに逆転優勝を許すことになってしまった。

「あれを超えるもの(悔しさは)はないと思う」

 チーム、ファンに対する申し訳なさはもちろんあったが、心ない誹謗中傷を浴びせられもした。それだけに・・・

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