育成選手としての入団に、にじんだ悔しさ。「絶対、トッププレーヤーになりたかった」強い反骨心と将来の理想像からの逆算で右腕は今季、日本シリーズでも確かな成長を見せた。まだまだ途中。もっともっと突き詰めていく。 文=喜瀬雅則(スポーツライター) 写真=湯浅芳昭、BBM 真ん中高めのストレート
会ったら、必ず聞こうと決めていたことがあった。
「何か、言ってるよね?」
日本シリーズのTV中継で、マウンド上での尾形崇斗の“気になる動き”が、何度もクローズアップされていたのだ。
口元が、パクパクしている。
そのときの視線も、どこかしら定まっていない。虚空に向かって、何かを問い掛けているかのようにも映る。
「言ってますね」。笑いながら、尾形がうなずいた。
「何かに没頭しているというか、まさに、そんな感じですね」
その“虚ろな表情”こそが、尾形にとっての、着実な『成長の足跡』の表れでもあることを、これから言葉を尽くして、お伝えしていきたい。 2024年、ソフトバンクは4年ぶりのリーグ優勝を果たした。その終盤戦、9、10月の登板9試合で8回2/3を投げて自責ゼロ。イニング数を超える12三振も奪い、2勝3ホールドをマークした。150キロ超のストレートと度胸満点のマウンドさばきで、育成出身の入団7年目右腕は、勝ちパターンを担うブルペン陣の一角をつかんだ。
尾形にとっては初めての日本シリーズとなった。その大舞台で、自らの心を支え続けてきた“魔法の呪文”を、いつものごとく、何度となく繰り返した。
「『無』になれば、余計なことも考えないし、欲も出ない。余計な力も入ることがないし、ボールのリリースに集中できる。そうなったとき『無』というキーワードが自分の中ですごく大事になって、そこから意識はしていないんですけど、勝手になんか、ブツブツ言うようになったんです」 無心 無心 無心 無心 無心
「それで決して、無心になろうとか思って言っているわけではなくて、自分が集中しようと思ったときに、そういう形を取っているんです。自分の中で『ゾーン』に入っているというんですか、極限まで集中できている状態だったのかなというふうには、あとで動画を見返したら思いましたね」 周囲の音が聞こえなくなり、景色も視界から消え去る。集中力が極限にまで高まり、感覚が研ぎ澄まされ、自分が置かれている『今』の行動に没頭している瞬間。それが『ゾーン』と呼ばれる状態だと言われている。
だから、スタンドの大歓声も、
「マウンドに上がっているときは、本当に何も聞こえていなかったんです」''と振り返る。''「これも、あとで動画で見て気づいて。応援、エグかったですよね。『え、こんなだったの!?』って」。
“無の境地”とでも言おうか。
その象徴的なシーンを、今シリーズの中からピックアップしてみよう。
10月30日の第4戦(みずほPayPay)。尾形は1点ビハインドの6回二死一塁の場面で、先発・
石川柊太からバトンを受けた。迎える打者は
DeNAの四番、
タイラー・オースティン。2回には中前打、4回には先制本塁打を放っている。最も警戒すべき敵の主砲だ。
それでも、尾形はまったくひるまない。初球、154キロのストレートはストライク。続く134キロのスライダーで空振りを奪う。そして、3球目も真っ向勝負、渾身(こんしん)の154キロのストレートを真ん中高めへ投じた。
''「ああいう自分のストレートを、今まではたぶん低めに投げて抑えていくという形が、日本の中では重要視されてきたものなんでしょうけど・・・
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