プロ4年目を迎えた今季、すでに出場試合数はキャリアハイに達している。再建期にあるチームにとって、背番号62は中心選手として“主役”にならなければいけない存在だ。本人も強大な情熱と向上心を持ってシーズンを過ごしている。 文=上岡真里江 写真=桜井ひとし 「かわいい」からの脱却
明らかに、まとう雰囲気がこれまでとは変わった。
関根学園高から育成ドラフトで2位指名を受け2022年にプロ入り。1年目の5月に当時、長期離脱中だった
源田壮亮の抜けた遊撃の穴を埋めるべく支配下登録された滝澤夏央。源田と遜色ない守備力で一躍、存在価値を高めた。最年少の高卒18歳だったこと、また身長164cm(公称)の小兵であることから「かわいい」と絶賛され、その後もチーム屈指ともいえる人気を誇ってきた。だが、4年目を迎えている今季、その言動や醸し出す雰囲気に「かわいい」を連想させる“幼さ”は消えた印象だ。特に「悔しさ」へのはっきりとした感情表現に、プロとしてのプライドとレギュラー奪取への固い決意が表れているように見える。
ルーキーイヤーこそ“ダークホース”的存在として高い評価を得たが、周囲から求められるステージが“主戦力”へと上がった2年目、3年目は決して順調とはいかなかった。最大の壁は打撃だった。試合に出続けるためには打線の一員としてコンスタントに結果を残すことが必要となる。だが、23年は打率.188、24年は.186と低迷し、定位置争いに割って入ることができなかった。
ただ、そこで悩み苦しみ、もがいたことのすべてが、いまの滝澤の血肉となっているのもまた事実だ。
「何が何でも一軍に定着する」と自らの青図を思い描きプロ入りした。その中で、育成スタートで1年目から48試合に出場できたことの価値は非常に大きかった。
「まず、試合に出続けることがいかに大変かということに気付けました」。野球が“仕事”になったことの意味を思い知らされた。そして、2年目からはどんなに一生懸命トライしても
「結局は結果の世界なんだ」という、“プロ”の厳しさも痛感させられた。
だからこそ、常に考えてきた。
「僕、ファームにいるときは、ベンチで西口文也ファーム監督(当時)の前に座るようにしていたのですが、結果がダメだったときにはすぐに『これがダメ』『この場面はこうしなければいけない』と言ってもらえて、たくさんのことに気付けましたし、勉強できました。そうしていくなかで、自分みたいな、一発長打ではなくて、つないだりするタイプの打者だからこそできる役割があるんじゃないかと思えるようになって。『バントは絶対に決める』とか、自分が輝けるプレースタイルというのを見つけることに専念してきました」 3年目の昨季までは、球数を投げさせたり、四球を狙いにいったりするなど、相手投手が嫌がる打撃をするというのが、その1つの答えだった。ファームでの打撃練習でも、ファウルを打つ練習に時間を費やしたこともあった。それが今の滝澤の大きな武器となってもいる。だが、それだけでは・・・
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