藤川球児監督の慧眼で一軍に抜てきされ、豊かな才能を一軍でも発揮した。周囲の評価どおりの活躍でもあったが、上には上がいることを知ったからこそ、満足できない自分がいる。26年は強力なライバルも加わる。その中で、25年以上の輝きを放つため、発揮できていない才能の余白を埋めていくつもりだ。 文=柏原誠(日刊スポーツ) 写真=宮原和也、桜井ひとし、BBM 期待と試練と
新潟の夜は2度と忘れないだろう。
「今年一番、印象に残っていますね」 あんなに興奮した瞬間はない。マイペースで、めったに表情を動かすことのない高寺望夢が、ベンチ前で先輩たちの手荒い祝福を受けながら
「おっしゃ〜!」と何度も声を上げていた。
5月13日の
DeNA戦。0対1の9回二死。
入江大生の強い速球に狙いを絞っていた。強振すると決めていても、頭も、体の軸もまったくぶれない。力感のない構えからバットを出し、内角の148キロに寸分違わず芯を合わせた。糸を引いたようにきれいなライナーが右翼席に伸びていく。高寺望夢の名を全国のファンに告げる一打となった。
阪神が新潟で一軍戦を戦うのは13年ぶり。長野県出身の高寺にとって、なじみ深い隣県だ。試合は延長12回、引き分けに終わったが、若武者の活躍は何か不思議な縁を感じさせた。
藤川球児監督は就任した24年秋から、その打撃センスに一目置いていた。春季キャンプで野手のMVPに選出したところにも期待の大きさがうかがえた。
5年目で初めて開幕一軍に名を連ねた。3年ぶりに一軍出場を果たしたが、いずれも途中出場で5打数無安打。二軍行きを告げられた。開幕早々、いきなりの正念場だったが、ここで必死に踏ん張った。ウエスタン・リーグ7試合で30打数12安打の打率4割。5月10日、再び一軍昇格を果たした。
再昇格後、最初の出番が新潟だった。「六番・遊撃」でシーズン初スタメンに抜てきされた。9回の第4打席に放物線を描いた。
チームを救うプロ1号本塁打のインパクトはやはり大きかった。以後、一気に出番が増えた。これがシーズン初安打。簡単にブレークはできなかったものの、チームが勝負どころを迎えた6月に安定して安打が出るようになった。
試練もあった。6月27日の
ヤクルト戦(神宮)。途中出場で三塁に入ったが、サヨナラ失策を犯してしまう。
「しっかり練習して次に生かすしかない」と必死に前を向いた。藤川監督は一軍にそのまま残した。高寺は指揮官の期待を意気に感じていた。
7月下旬のオールスター明けからはスタメンも増えた。8月の長期ロード中にも安定して安打を連ね、チームの課題だった下位打線を支えた。日本シリーズでも3試合に先発。計3安打としっかり爪跡を残した。
充実の1年間をこう振り返った。
「1年間、ほぼ一軍にいられたんですけど、成績で見たら悔しいというか、来年は頑張らなきゃいけないなと思いました。いいことも悪いこともあったので、経験という意味では本当に良かったです。でも・・・
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