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野球浪漫2026

巨人・山瀬慎之助 “勝てる捕手”への道「オフにああやって動いて、もちろん気合というか、今年、正捕手を獲ろうと思って」

 

球界屈指の強肩にインサイドワークも着実に向上。打撃面でも確かな成長の跡を示し、一軍レベルの力があることを証明した。迎えた今季、だからこそ感じた“一軍の壁”。次なるステージ、勝てる捕手の称号を目指し、歩みを止めることなく腕を磨き続けていく。
文=榊原隼人(スポーツライター) 写真=桜井ひとし、川口洋邦、BBM


“盟友”との歩み


 そこは、選ばれし猛者たちのみが立つことを許される戦場。スタンドから打ち鳴らされる太鼓とトランペット、満員の大観衆、そして、その右手5本の指を駆使して投手に送るサインの一つひとつにかかる責任と重圧は、ファームのそれとはまるで異なる。巨人期待の捕手、山瀬慎之助は7年目の今季、実力者がずらりとそろう陣容の中で開幕一軍入りを果たすと、春先から4試合でスタメンマスクをかぶった。神経をすり減らす戦いの場に身を置き、独特の緊張感、プレッシャーを、身をもって経験。4月11日のヤクルト戦(東京ドーム)ではプロ初本塁打をマークするなど、確かな存在感を見せた。

「プレッシャーというか、(大観衆に)見られるとやっぱりうれしいし、どうしても自発的には出せないアドレナリンが出るので。そんなに緊張することもなくなってきて、自信もついたのかなと」

 時には座ったまま二塁へ矢のような送球を放つ。その切り抜き動画はたびたびSNS上をにぎわせる。自慢の強肩は、現役NPB選手の中でトップクラスとも言われる。石川県かほく市出身。同市立宇ノ気小2年時に軟式クラブ「宇ノ気ブルーサンダー」で野球を始めた。同期には小学校の同級生でもあった奥川恭伸(現ヤクルト)がいた。「奥川はキャッチャーがやりたかったんですけど、(指導者に)お前がキャッチャー、あいつがピッチャーと言われて」。そう明かしたのは小学4年時の秘話。そこから全国大会で優勝を成し遂げた宇ノ気中、そして石川・星稜高まで10年弱、2人で“黄金バッテリー”を組み続けた。

 鉄砲肩は当時から光っていた。中学時代までは、大会や試合によっては奥川とバッテリーが入れ替わる形で山瀬がマウンドに上がる機会もあった。「中学2年生で最速138キロ。そのとき奥川が137キロだったので、1キロ僕が勝っていました」と胸を張る。

 高校進学時には、山瀬に投手として声を掛ける学校もあったという。それでも、「奥川がいたので。スライダーはえぐいし、コントロールも良い」と投手へと舵を切ることはなく、“捕手道”を極める選択をした。「(奥川と)バッテリーで来てほしい。日本一になってほしい」。当時の林和成監督から熱い言葉で誘いを受け、「うれしかった」と星稜高への入学を決めた。

 県内はもちろん、全国的にも有名な強豪校で過ごした3年間。「すごく自由に、のびのびとやらせてもらいました。今振り返ると、毎日楽しいと思いながらできていた。でも、みんな練習するので。そこでの競争とか、周りに感化されながら成長することができた」と懐かしそうに振り返る。

 最終学年では・・・

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