大学3年時に大学選手権で準優勝。一躍プロ注目の右腕となった。しかし、「地元に帰って公務員になりたい」と発言し、周囲を驚かせた。紆余曲折ありながらも、社会人野球を経てつかんだプロへの道。今年でプロ8年目を迎え、チームでは中堅の域に差し掛かった。それでも、投げたいという意欲は誰にも負けない。 文=中田愛沙美(道新スポーツ) 写真=早浪章弘、BBM 転機となった全国大会
2015年6月に行われた全日本大学選手権。全国のリーグ戦を勝ち抜いた大学が集まるトーナメント大会で、流通経大の3年生エースだった生田目翼の野球人生は大きく変わることになる。
「一躍、名を売るにはもってこいでしたね」。最速155キロの直球を武器にチームの準優勝に貢献。来秋のドラフト候補として注目されたその実力もさることながら、注目を集めたのは発言だった。全国デビューとなった2回戦の城西国際大戦後、将来の進路について
「地元に帰って公務員になりたい」とコメントし、瞬く間に話題となった。
あれから11年。ファイターズの13番を背負う男は、当時のことを照れくさそうに振り返る。
「純粋にプロ野球界に行けると思ってなかったので。自分なんかがなれると思ってないし、別に準優勝したから、150キロ出たからとかではなく、シンプルに。周りはプロ行けるって言っているっすよ。でも、僕的にはなれると思ってなかったので、普通にシンプルにそういう回答が出ました。自分が行ける世界じゃないと思っていたので。スカウトも来ていたのは来ていたんですかね……。スカウトの話もあんまり知らされなかったというか、されなかった。全然なかったから、プロのイメージも湧かないし、まったく意識はしてなかったです。結局、高校から大学まで地元を出てないから。普通に地元帰る予定だったので、安定が一番じゃないですか。先に言っておいたほうが、市役所も拾ってくれるだろうと。なのに、あり得ないみたいに言われて、何がいけないの? って」。
茨城県常陸大宮市出身。これまで全国の舞台に縁がなかった生田目は、自分がドラフト候補の選手だという意識がまったくなかった。スカウトが大挙して集まる全国大会は、プロ入りへ貴重なアピールの場となるが、公務員志望の右腕にそんな野心はない。きつい練習をしなくて済むかもしれない。そんなことばかり考えていた。
「ああいうときはニンジンをぶら下げられているじゃないですけど、休みが増えるとか、そういうのがあったから。僕、本当は決勝の先発、断っていたんですよ。準決勝で神大に完封した時に、連投なんてしたことなかったから。明日も行ってほしいんだけどと言われて、僕はいいです、違う人に投げさせてあげてくださいって。今日の夜、考えておいてくれ、明日の朝電話すると言われて、やっぱりおまえがいいと言われて。いやいや投げられるか分からないっすよ。という感じだったんですけど、監督が投げさせてくれたんで」。決勝では早大相手に先発し、7回途中6失点。あと一歩のところで日本一を逃したが、全国にその名を知らしめた。
プロへの道しるべ
もちろん、幼少期の夢は「プロ野球選手」だった。だが、中学時代はシニアではなく・・・
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