ペナントレースも終盤戦に入ったが、優勝の行方とは別に、トリプルスリーを実現しようとする2人の選手に注目したい。打率3割、30本塁打、30盗塁を同時に達成しようとする選手で、陸上で十種競技の勝者が最強と称賛されるのに似ている。最近のプロ野球では長距離打者は走らないのが常識である。何も走らなくても一発があるからと周囲もそれを容認する。打率、本塁打、打点の3部門でトップの三冠王は延べ11人が実現しているが、トリプルスリーはまだ8人である。しかし、ソフトバンクの柳田悠岐とヤクルトの山田哲人が日本プロ野球史上9、10人目のトリプルスリー達成者になる日が近づいている。 
高い技術と天性の野球センスでハイアベレージを残している山田。その進化はまだまだ止まることを知らない
長距離砲はなぜ走らなくなったのか
昨年の日本のプロ野球は、長距離打者たちは走らないことをデータが実証している。
30本塁打以上打ったのはセ・リーグでは37本の
エルドレッド(
広島)と31本の
バレンティン(ヤクルト)の2人だが、両選手とも2盗塁ずつだった。ヤクルトの山田哲人が29本塁打しながら15盗塁していたのが、異色の存在であった。
パ・リーグでも30本以上は34本ずつでタイトルを分けた
西武の
メヒアと
中村剛也の2人に32本のペーニヤ(
オリックス)と3人いたが、メヒアとペーニャが2盗塁ずつで、中村はゼロ。両リーグで30本塁打以上の5人で合計8盗塁だから、1人あたり1.6盗塁である。かつてはホームランバッターでも積極的に走りまくっていた時代があった。
1949年 ▽46本
藤村富美男(
阪神)12盗塁
▽39本
別当薫(阪神)13盗塁
▽38本
大下弘(東急)27盗塁
本塁打上位の3人はそれぞれ2ケタ盗塁。藤村は同年の本塁打王である。翌50年に2リーグに分立したが、事情は変わらなかった。
1950年セ・リーグ 51本
小鶴誠(松竹)28盗塁
46本
西沢道夫(
中日)4盗塁
39本 藤村富美男(阪神)21盗塁
39本
岩本義行(松竹)34盗塁
34本
大岡虎雄(松竹)6盗塁
34本
藤井勇(大洋)4盗塁
33本
青田昇(
巨人)29盗塁
50年パ・リーグ 43本 別当薫(毎日)34盗塁
30本
森下重好(近鉄)6盗塁
セでは51本で本塁王の小鶴からして28盗塁。30本以上の7選手のうち4人は20盗塁以上していたとは、当時のホームランバッターは縦横無尽に走る走者でもあった。パでも43本で本塁打王になった別当は34盗塁もしていた。
このうち、セの岩本は打率も.319であり、パの別当も打率.335で、トリプルスリーを達成していた。ほかにセの
川上哲治(巨人)は打率.315、34盗塁で、本塁打も29本とあって、本塁打をあと1本余計に打っていれば、トリプルスリーの仲間入りをしていたところだった。
トリプルスリーに届かなかった男たち
ところが、2リーグ分立2年目の51年になると、トリプルスリーの選手は消えてしまう・・・
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