あまりに過酷な、紆余曲折のプロ野球人生を歩んできた。1年目のオフに手術を余儀なくされ、復帰できた矢先の翌2023年オフに今度はトミー・ジョン手術。それでも心折れることなく、必死に前を向いてきた。迎えたプロ入り5年目のシーズン、再出発の準備は整った。 取材・構成=杉浦多夢 写真=榎本郁也、BBM 
花田侑樹[育成投手/プロ入り5年目/23歳]
2度の手術と長いリハビリを経て、ようやく今季は「肘が自分の体になった」という感覚を得ることができた。不安なく練習に取り組み、実戦の中で結果と手応えを得る日々。支配下復帰と、その先の一軍の舞台へ。飛躍を遂げるための準備は万端だ。 ──入団から5年目となる今シーズンの手応えはいかがでしたか。
花田 ここまで毎年のようにケガがあったので、今年はケガなくシーズンを戦うことができたのが良かったです。不安なく練習でも技術練習や投げ込みをすることができました。
──これまで2度の手術を経験しています。メンタル面を含めてどのように乗り越えてきたのでしょうか。
花田 最初は1年目の2022年でした。プロに入ってすぐに肘を痛めてしまい、11月にクリーニング手術をして育成契約になりました。技術のことを考える前に、肘の痛みとばかり戦っているような感じでしたね。でも次の年に復帰して、また2、3カ月後くらいに肘を痛めて、今度はトミー・ジョン手術です。2度目の手術でしたし、「もう、どうしよう」という思いで頭がいっぱいだったんですけど、当時ファーム総監督をされていた桑田さん(
桑田真澄)に、「しっかり手術をして、不安なく投げられるようになったほうが絶対にいい」とおっしゃっていただいて、手術することを決めました。ただ、リハビリは本当に長かったですし、やっぱり投げられないことが一番きつい。早くマウンドに上がりたいという思いで、ずっとリハビリに取り組んでいました。
──気持ちを保つのも簡単ではなかったと思います。
花田 今できることを、毎日ちょっとずつでもいいから、やることをしっかりやろうと決めていました。伊織(
山崎伊織)さんもトミー・ジョン手術を経験していたので、手術が決まったときに相談をしたんです。やっぱりリハビリは長いし、最初は思うような球も投げられないけど、2年ぐらいはかかるつもりでやっていけばいいよ、ということを言っていただいて、そういう気持ちがあったから、ここまで何とかやってくることができたし、頑張ろうと思えた感じです。
──24年のオフに復帰して25年は三軍戦で14試合に登板。そして今年は二軍戦で10試合に登板。順調なステップと言っていいのでしょうか。
花田 去年復帰してからも、やっぱり思うようなボールは投げられなかったというか。真っすぐのスピードも出ませんでしたし、腕が体になじんでいないというか。技術がどうこうというよりも、またケガをするんじゃないかという怖さもあって、フィジカルに対してちょっとモヤモヤしている感じでした。今年になって投げていくうちに、ようやくですね。肘もやっと自分の体になってきたなと感じます。トミー・ジョン手術を受ける前、もっと言えばクリーニング手術を受ける前の自分より、体が強くなったというか、これだったら技術を磨くことに集中できる、野球選手としてやっていけそうだな、と思えるようになりました。
──実際に技術面での手応えはどんなところに感じていますか。
花田 三軍戦で投げているときは決め球が課題だったんです。追い込んでからも粘られるということが続いている中で、野上コーチ(
野上亮磨、三軍投手チーフコーチ)にチェンジアップを教えていただきました。試合の中で使ってみたら・・・
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