球団内部にはさまざまな役職があるが、西武で今年から新たにつくられたポストの一つに「プランナー」がある。プロ野球界では耳慣れない肩書きかもしれない。同職に就いたのは久住泰平氏。青年海外協力隊などで海外経験も豊富で以前は通訳も務めた人材は、どのような働きでチームに貢献しているのだろうか。 取材・文=小林光男 写真=BBM 
球団本部プランナー・久住泰平[西武]
通訳からユニセフへ
今年から新設されたプランナーという役職に就いた久住泰平氏だが、球団には出戻りとなる。出身大学は国際教養大。すべての授業を英語で開講し、国際感覚あふれる学び舎だ。1年間の海外留学が義務付けられ、久住氏はアメリカで過ごしたという。大学4年間で英語が磨かれたが、実は久住氏は高校を中退している。
「2年ほどブランクがあったのですが、高卒認定試験を経て幸運なことに同級生と同じくらいのタイミングで大学へ進むことができました。大学卒業後はその2年間で得した分を世の中に返そうかなというイメージがあって。大学時代に国際協力系の活動にも携わっていたので、青年海外協力隊に参加することにしました」
2016年1月から2年間、ウガンダ共和国へ。東アフリカにある小国で、業務外だったが中学校で野球部をつくり、生徒と一からルールを学んで野球大会に参加する経験もした。帰国後、社会教育の公共施設で国際教育や企画展などを行う仕事に従事したが、転職を考えていた時期にインターネットの野球ニュース欄でライオンズが通訳を募集している記事が目に留まり応募。20年2月からライオンズで働くことになった。1年目は
ショーン・ノリン、2年目は
マット・ダーモディを担当。ファームで調整していた際には
エルネスト・メヒアにもついた。
「通訳は選手の目線に立って、いろいろな人とコミュニケーションを取らなければいけません。コーチの言葉を伝えるときは、コーチの考えをくみ取る。そこが勉強になりました。あと、ノリンはキャンプ中にケガをして出遅れたのですが、そこからリハビリを経て一軍で初勝利した際は、本当に頑張っている姿を近くで見てきたので、とても感動しました」
当時はコロナ禍で外国人選手の家族の来日も難しい状況。21年6月の父の日にはメットライフドーム(当時。現ベルーナドーム)のバックスクリーンの大型ビジョンに家族の動画を流すサプライズも企画した。通訳を務めたのは2年間。異国の地で奮闘する外国人選手の姿を見て、自らのチャレンジ精神も心に沸き上がってきた。
「外国人選手をはじめ、いろいろな方に刺激をいただいて・・・
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