アスリートになるという学生時代の夢は破れた。それでもスポーツに携わりたいと“声”を武器に現場へと飛び込み、今では東京ドームに欠かせない存在となっている。ファンに寄り添い、心を動かすアナウンスは、果たしてどのように生み出されているのか。 取材・文=杉浦多夢 写真=桜井ひとし プロとしての矜持
東京ドームを“声”で彩り、エンターテイメント空間へと変えていく。選手の一投一打に沸き立つファンの心を、「ナイスバッティング!」「ナイスピッチング!」のアナウンスによってさらにリフトアップしていく。ジャイアンツのファンにとってはおなじみとなっている声の主は、2009年から主催試合でスタジアムMCを務める高橋大輔さんだ。
声を自らの生業とするまでには、紆余曲折があった。神奈川大時代は真剣にプロゴルファーを目指していたものの、3年生のときに左肩をケガして、手術をしなければ完治しない状態に。1学年上には17年にゴルフの賞金王に輝くことになる宮里優作がおり、試合会場でそのプレーを目の当たりにして「プロの世界で活躍するのはこういう人なんだな」という現実を見せつけられてもいた。4年生の夏で「ゴルフはやり切った」ものの、周囲を見渡せば友人たちは皆、就職を決めている。さて、どうするか──。
中学生までは野球をプレーし、思春期にはプロレスにはまって、プロレスラーにあこがれを抱いていた。格闘技観戦にも熱狂した。ゴルフに限らず、スポーツはジャンルを問わず観戦するのが大好きだった。何とかスポーツに携わる仕事ができないものか。特殊技能があるわけではないが、「しゃべること」ならできるのではないか。今となっては「しゃべること」の難しさ、奥深さは身に染みているものの、しゃべる仕事でスポーツに携わりたいという思いで半年間アナウンススクールに通い、以前に所属していた事務所のオーディションを経て、この世界に飛び込むことになった。
決して順風満帆だったわけではないが、イベントのMCやラジオのDJ、そしてあこがれだったプロレスをはじめとするスポーツの実況と、少しずつ仕事が増えていった09年、巨人のスタジアムMCという大役が舞い込む。
「僕の人生において大きな転換点だったと思います。ジャイアンツは・・・
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