華やかなパフォーマンスで観客を魅了し、チームの勝利を後押しする。今や「チア」は球場を彩る女神として、グラウンドになくてはならない存在だ。ドラゴンズのオフィシャルパフォーマンスチーム「チアドラゴンズ」は、今季で結成29年。16人のメンバーを束ねてその中心にいたリーダーに、チアを始めたきっかけ、チアドラへの熱い想いなど存分に語ってもらった。 取材・構成=牧野正 写真=BBM、球団提供
※文中敬称略 
チアドラゴンズ2025 リーダー・MIZUKI
熱烈なるチアドラ愛
今シーズンも
中日ドラゴンズの本拠地バンテリンドームには連日、
大勢のファンが詰めかけた。主催試合72試合の総観客動員数は252万832人(1試合平均3万5012人)。
星野仙一監督の下、5度目のリーグ優勝を飾った1999年以来の250万人突破。実数での発表が始まった2005年以降では最多となったが、そのなかで華麗なパフォーマンスで観客を魅了し、常にチームとバンテリンドームを盛り上げていたのが「チアドラゴンズ(以下チアドラ)」だ。16人のメンバーから成る彼女たちもまた観客動員数に果たした役割は大きいだろう。バンテリンに足を運べば、必ずチアドラの笑顔があった。
チアドラが結成されたのはナゴヤドーム元年の1997年。25年のリーダーを務めたのは、21年にチアドラ入りした5年目のMIZUKIだった。
MIZUKIは大のドラゴンズファンの父親の勧めで、小学1年生のときに「チアドラゴンズダンスレッスン」に入会した。無邪気に踊り、ダンスを覚えていくうちに、どんどん楽しくなった。大きくなったら自分もチアドラのメンバーになって、ナゴヤドームで踊りたい。それが将来の目標になっていた。
「ナゴヤドームにはよく“チアドラを”観に行っていました(笑)。皆さんとても輝いていて本当に素敵で。でもその中でも特に輝いていた方が1人いまして、自分もあの人のようになりたいと。きれいでかわいくて大好きでした」
MIZUKIがあこがれていたのは元リーダーの本多里香さん。10〜13年まで4年間在籍した知る人ぞ知る“伝説のチアドラ”だ。
「一緒に写真を撮ってもらったり、サインもしてもらったり。それからは自分も里香さんのようになりたい、里香さんのようにきれいなダンスをしたい、本当にその想いだけでした。私の人生を決定づけた、夢を与えてくれた人です」
それからのMIZUKIはチアドラに合格するため、ダンスのレッスンに励んだ。ダンスの体の使い方を熟知しているトレーナーさんがいる接骨院に通って筋肉の使い方を学んだり、指の使い方の指導を受けたりもした。生活のすべてがチアドラになるためにあり、進路もチアドラに合わせて選んだ。まさに『
巨人の星』ならぬ『チアドラの星』。学業との両立は大変だったが、チアドラに入るためなら頑張れた。チアドラのオーディションに合格し、その夢がかなったのは20年秋のこと。努力が実を結んで一発合格だった。
「ちょうどコロナ禍の時期で合否の通達はメールでした。落ちても傷つかないようにと甘いコーヒーを横に用意して、メールをパッと開いたら・・・
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