外国人選手は優勝を目指す上で不可欠な存在となっている。だが彼らが実力を発揮するには、それだけの環境も不可欠。そのサポートを行っているのが通訳だ。言葉を訳すだけではない仕事も多いからこそ、より深いサポートを行いたいと、資格を取得した。仕事に対する真摯な姿勢が助っ人たちからの信頼につながっている。 取材・構成=阿部ちはる 写真=桜井ひとし、BBM 
通訳・佐野朋生
一瞬の喜びに、やりがい
異国の地で人生を懸ける。助っ人選手たちにとって日本でプレーすることは容易なことではない。生活を支える仕事であり、大きな期待を受ける重圧。友達もいない、言葉も通じない、すぐに結果を出さなければ1年後がどうなっているかも分からない。そんな孤独な戦いを強いられる彼らに寄り添うのが通訳だ。コミュニケーションツールである会話と、生活面のサポートも行う。ときには食事をともにしたり観光地に行ってみたり。的確に言葉を伝えることはもちろん、信頼関係の構築や高いコミュニケーション能力が求められる仕事である。
現在
楽天に所属している通訳は4人おり、その通訳リーダーを務めているのが佐野朋生さん。勤め始めて13年が経つ。スポーツは好きだったが、野球は未経験。入社直後は何度も辞めたいと思ったほど難しい仕事だった。だが3年ほど経ってようやく楽しさを感じることができるようになり、今ではできるだけ長く続けたいと語る。2015年から20年途中まで所属した
ウィーラー(現
巨人打撃コーチ)は「いい友人と出会えた」と今でも頻繁に連絡を取り合う仲。言葉を通して多くの人と出会い、いつも刺激をもらえる仕事と出合った。その喜びが何よりの原動力となっている。
宮城県仙台市生まれ。父親の仕事の関係で5歳から10歳までアメリカ・アラバマ州で過ごした。帰国後は陸上競技に打ち込み、高校卒業後はスポーツトレーナーを目指して国際武道大に進学した。大学1年時に兄が留学していたアメリカに旅行で行った際、英語が話せなくなっていたことに愕然とし、2年時には1年間留学することを決意。そこから英語を生かす仕事に就きたいと考え、大学卒業後は地元の宮城で子どもが通う英会話教室に勤め始めた。
しかし、1年ほどたった11年に東日本大震災が発生。教室も閉めることとなり県外の支社への異動が伝えられた。だが、「ほかの土地で生きていく自分が想像できなかった」と振り返る。「幸い、家族も親戚も無事でしたが、友達は何人か帰らぬ人になった。地元に残りたいという思いが強かったですね」。
そして英会話教室を退職し、転職活動を始めた。スポーツに関わりたいという思いが強くなっていたことから、楽天の通訳募集の求人を見つけると「プレー経験はないが、通訳ならできるのではないか」と迷わず応募。見事、採用を勝ち取った。だが、応募時の考えが甘かったことを入社してから知ることになる。
「扱うのは日常会話の単語ではなく野球用語。野球のルールもしっかり理解できていなかったですから、とにかく毎日必死に勉強しましたね」
春季キャンプへの同行が最初の大きな仕事だったが・・・
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