近年、幅広いスポーツで取り入れられるメンタルトレーニング。本来の実力やパフォーマンスを発揮し、選手の可能性を伸ばす有用性が注目されている。高校野球部などのメンタル指導に携わる松本治さんは、自身の経験をもとに、目標に向けて努力する選手らをサポートしている。 取材・文=相原礼以奈 写真=本人提供 
メンタルトレーナー・松本治
挫折から日本一の投手へ
スタンドの大応援団をバックに、マウンドで抱き合うバッテリー。「KEIO」のユニフォームのナインが次々と歓喜の輪に加わり、色とりどりの紙テープが舞う。1992年、東京六大学野球の秋季リーグ戦で、慶大が早慶戦を制して優勝を決めた瞬間の写真パネルだ。
「一番大事にしている写真です。つらいときも、これを見て元気を出しているんですよ」
34年前、このシーンの主役となった投手であり、現在はメンタルトレーナーとして活動する松本治さんは、そう言って目を細める。
群馬県館林市に生まれ育った。父が地元のソフトボールチームの監督を務め、二つ上の兄が野球をしていたことから、幼いころから野球は身近な存在。小学3年でチームに所属すると、投手としてプレー。中学では遊撃手、太田高では再び投手となり、最上級生時はチームのエースに。しかし、「練習試合はしっかり投げられて、県ベスト8ぐらいのチームにも勝つ。まあまあ実力はあったと思いますが、公式戦、要は本番になると緊張してしまい全然ダメでした」と振り返る。
2年秋、3年春はいずれも初戦敗退。集大成となる3年夏、88年群馬大会の初戦では朝に雨が降り、「試合が中止になるかも」とマイナスの考えのまま球場入り。天気が回復して試合が行われたが、本来の投球はできず満塁の窮地を招いて降板し、そのまま敗退した。
「次の日、学校に行くのがすごく嫌で。でも、担任の先生に朝礼で呼ばれて、『僕のせいで負けてすみませんでした』と言ったことはいまだに覚えています。そういう悔しい感情はもう、忘れないですね」
甲子園のテレビ中継も見ない。指定校推薦で慶大進学を決めたが、当初は大学で野球を続ける気にはなれなかった。
しかし同年・・・
この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。
まずは体験!登録後7日間無料
登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。
登録済みの方はこちらからログイン