
大遅刻を犯し、スケジュール変更にまでなったセ・リーグ出場選手の集合写真撮影。小さくて見えないと思いますが、向かって右上端に私が引きつった顔で写っています。隣の槙原さんは……笑顔を見せているんですよ!/写真=BBM
今年のオールスターはパ・リーグが2連勝しました。やはり力と力の勝負は見応えがありましたね。このオールスターで活躍し、後半戦さらにブレークする選手が出てくると思いますが、それが誰なのか楽しみに見たいと思います。
私も1992年に初出場し、オールスターでブレークしたかったのですが、実は7月13日の
広島戦[東京ドーム]で
長冨浩志さんから死球を受け、右手小指をはく離骨折していたんです。オールスターは休養に当てたかったのですが、せっかく選んでもらったので当然、出場しました。
そのオールスターの中でも、できればホームラン競争は避けたかったんです。しかし5月に
巨人に移籍し前半戦だけで打率.300に12本塁打をしていたわけですから、指名されるのは仕方ないですよね。もう痛みと闘いながら、バットを振っていました。当然、試合に出ても打席でも痛みとの闘いです。思い切り振ることができず三振の記憶しかないです。もちろん、骨折は隠してやっていました。
前号では、第1戦後に
原辰徳さんに健康風呂に連れて行ってもらった楽しい思い出でしたが、今回は苦い思い出を話します。第2戦は、千葉マリンスタジアムで行われました。車通勤圏内なので、自分の車で向かいます。その前に
槙原寛己さんに昼食に誘われました。槙原さんは、家族サービスも兼ね浦安のディズニーリゾートの中のホテルに宿泊。そのホテルに呼ばれ、槙原さん家族とランチの時間を過ごしました。浦安から球場のある幕張まですぐということで、槙原さんはゆっくりしています。一方、私は時間が気になって何度も「時間が……」と言うと槙原さんが「大丈夫だ」と言うんです。
本当にギリギリになったところで出発し、槙原さんの車の後をついて行きました。高速に乗ったらいいのになあ、と思いましたが先輩の後をついていくしかありません。槙原さんは下道を選択し大渋滞に巻き込まれました。高速を見るとガラガラ。でも、もう引き返せません。そうしている間に、とうとう球場入りの時間が過ぎました。大遅刻です……。
私は初出場ですし、もう焦りしかないですよ。コーチで出場していた
ヤクルト監督の
野村克也さんから「偉くなったもんやなあ」と……。球場入りしたときには、セ・リーグ全員の写真撮影時間が過ぎ、スケジュール変更になっていました。槙原さんはもう何度もオールスターに出場していて、しかも明るい性格で、トボけるのがうまいので「すいません!すいません!」と笑顔でごまかしていました。
私は謝るしかないです。ほかの先輩方も遅刻をイジってくれたら助かるのですが、それもなく、巨人の大将・原さんもシラーっとされていて助けてもらえませんでした。撮影のとき居場所のないような顔で私は写っているはずです。もう肩身の狭いこと、狭いこと。これは強烈な初出場の思い出になっています。
PROFILE 大久保博元/おおくぼ・ひろもと●1967年2月1日生まれ。茨城県出身。水戸商高から85年ドラフト1位で
西武に入団。トレードで巨人入りした92年に15本塁打。95年現役引退。野球解説者やタレントを経て、2008年に西武コーチに就任し日本一に貢献。12年からは
楽天打撃コーチ、二軍監督を経て15年に一軍監督に就任した。15年限りで辞任し、16年から野球解説者をこなしながら新橋に居酒屋「肉蔵でーぶ」を経営している。