
肉蔵でーぶで約5年ほどアルバイトして生計を立てていたハシ。今もほかの飲食店で働いていますが、将来は独立して自分の力で立ち上がってほしいと思っています[写真=BBM]
私がドラフト指名を受けて入団した
西武も関東のチームですが、東京で全国区の
巨人は何もかもが特別。西武時代に食堂と言っていた場所が、東京ドームでは「サロン」と言う。そこにはビュッフェ方式で試合前に多くのメニューが並び、食べたいものが食べられます。そんなぜいたくなチームは、当時は巨人くらいだったのではないでしょうか。
当然、ファンの数も違えば、選手たちを食事に連れて行ってくれたりする支援者の皆さんもかなり多かったです。そういう方々に六本木や銀座に食事に連れて行ってもらってちやほやされる。そこで自分というものをしっかり保てる選手とそうでない選手がいます。こればかりは性格もあるので、仕方ないですね。
橋本清(ハシ)などは、巨人のドラフト1位ですし、高校時代から有名な選手でした。巨人の生え抜きですから、そういうことをしてもらえるのが当然というような環境で育っています。それ自体、何も悪いことではないです。ただ、そうされることが当たり前と思い込んでしまうことがあっても仕方ないです。
ハシは引退した後もプロ野球の解説者として頑張っていました。そんな中、2016年にある事件の当事者として名前が挙がりました。プロ野球選手と反社会的勢力関係の方との橋渡し役を行った、という報道があったのです。これにより野球解説者も辞め、プロ野球界活動からも自粛することになります。
このときにハシは完全に職を失いました。高卒で入団し、引退後は野球解説者。どっぷりプロ野球界で生きてきた人間。そして反社会勢力とのつながりが疑われているので、なかなか就職ができない状況でした。私は彼に、神に誓って、この件に関して関わった知り合いが反社会的勢力の方と知らなかったのか、と問いました。ハシは全面否定したので「肉蔵でーぶ」でアルバイトからでも働くか? と提案しました。彼も受け入れて働き始めました。
高卒でプロに入り、同世代よりも高い給料をもらいながら50歳くらいまで生きてきた人間が時給1000円で、接客をしながら働くのですから、みじめな思いをしたと思います。しかも事件当時ですから、お客の前に出るのもつらかったと思います。それでも生活するには頑張るしかない状況でした。
ウチの店は野球ファンに多く来店してもらっています。それもあり「あ! 橋本さんだ」と気づいてもらったり、話をしてもらったり、励ましてもらったり……それによりハシは「橋本清」を保てたのだと思います。その後、コロナ禍のときに辞めて、ほかの飲食店に就職しました。
彼にとっては再考の時間になったとは思います。2年ほど前に連絡があり飲みに行くことになりました。現在でも、再就職したお店で接客業をやっているようです。まだまだ自分を磨ける男だと思っています。自分の力で独立して、お店を出せるようになってほしいと思っています!
PROFILE おおくぼ・ひろもと●1967年2月1日生まれ。茨城県出身。水戸商高から85年ドラフト1位で西武に入団。トレードで巨人入りした92年に15本塁打。95年現役引退。野球解説者やタレントを経て、2008年に西武コーチに就任し日本一に貢献。12年からは
楽天打撃コーチ、二軍監督を経て15年に一軍監督に就任した。15年限りで辞任し、16年から野球解説者をこなしながら新橋に居酒屋「肉蔵でーぶ」を経営している。23年は巨人の一軍打撃チーフコーチを務めた。
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