
初戦は登板機会がなかった直江(右)。次戦で聖地のマウンドに上がれるか
視線は自然と、一塁ブルペンに向いていた。父・晃さんは炎天下のアルプススタンドで甲子園名物「かちわり」を首に当て、松商学園(長野)の背番号11・
直江大輔(2年)の投球を見守っていた。
「投げることがあってもラスト1イニングでしょうか? 今日は青柳君(真珠、3年)の調子が良いですし、投げない展開のほうが良い」
さすが元野球人、冷静だった。見る目がある。8月9日、土浦日大(茨城)との1回戦。序盤から優位に試合を進めた松商学園は終盤にも得点を重ね、毎回の21安打で12対3と大量リードを奪っていた。
そして、迎えた9回裏。松商学園は9年ぶりに制した長野大会を3年生・青柳と2年生・直江の二枚看板で勝ち上がってきた。次戦を見据えた意味でも、2年生に甲子園のマウンドを経験させる選択肢もあったはずだ。しかし、足立修監督は試合後に「甲子園は何が起こるか分からないので、青柳で行けるところまで行こう思った」と、背番号1に最後まで託した。
直江の父・晃さんは松商学園OBで甲子園に春夏を通じて3回出場。1985年の明治神宮大会では優勝を経験している。直江は小学3年から野球を始め「ピッチャーはコントロール」と、体重移動らフォームのすべてを父から教わった。ただ、松商学園に進学してからは寮生活となり、文字通り“親離れ”となった。
「中学までは父と付きっきり。高校では父に頼ることなく、自分で考えるようにした」
甲子園出場が決まると、地元テレビ局では「直江親子」の特集が組まれた。そこで初めて、直江は父が甲子園で投げている映像を目にしたという。
「父の時代から松商野球部を見ている方からは『フォームが似ているな』と言われます。アドバイスどおりにやってきたので、自然とそうなったと思います。“MATSUSHO”のユニフォームで甲子園のマウンドに立つことが夢でした」
中5日の2回戦は盛岡大付と対戦する。直江の登板機会はやってくるに違いない。アルプス席の父・晃さんも「夢のようです。マウンドに上がったら泣いてしまうかもしれません。甲子園では1日1日、勉強してほしいです」と、穏やかな表情を見せた。
183センチの恵まれた体格から最速142キロを投げ込む右腕は、早くもNPBスカウトの間では「2018年のドラフト候補」との声も聞かれる。古豪・松商学園の2年生、要注目である。
文=岡本朋祐 写真=田中慎一郎