背番号は選手たちの「もうひとつの顔」だ。ある選手が引退しても、またある選手がその「顔」を受け継ぐ。その歴史を週刊ベースボールONLINEで紐解いていこう。 長距離砲の最盛期
2016年は「25」の強打者が球界を沸かせた。広島の新井貴浩が25年ぶりのリーグ優勝に貢献してMVP。初のクライマックスシリーズ進出を果たした
DeNAで本塁打王、打点王の打撃2冠に輝いたのが
筒香嘉智だ。その前任者が現在は新天地を求めている
村田修一で、07年から2年連続で本塁打王となり、
巨人でも「25」を背負い続けた。
長距離砲の「25」は、近年が最盛期なのかもしれない。ただ、その起源は1リーグ時代、まだ各地に戦争の傷跡が残っていたころにさかのぼる。
【12球団主な歴代背番号「25」】
巨人
平山菊二、
相羽欣厚、
鴻野淳基、村田修一、
岡本和真☆(2018~)
阪神 森茂雄(監督)、
山本哲也、
山本和行、
猪俣隆、
江越大賀☆
中日 桝嘉一、
加藤進、
豊田誠佑(成祐)、
武藤祐太、
佐藤優☆(2018~)
オリックス 笠松実、
スペンサー、
高井保弘、
藤田浩雅、
西村凌☆(2018~)
ソフトバンク 松井淳、
高橋博(博士)、
片平晋作、
若井基安、
田中正義☆
日本ハム スタンレー橋本、
宮原務本(秀明)、
小川浩一(皓市)、
立石尚行、
宮西尚生☆
ロッテ 別当薫、
井石礼司、
得津高宏、
平沼定晴、
金澤岳☆
DeNA 平山菊二、
松原誠、
畠山準、村田修一、筒香嘉智☆
西武 高倉照幸、
大田卓司、
安部理、
星孝典、
平井克典☆
広島
木下強三、
阿南潤一(準郎)、
木下富雄、
石井琢朗、新井貴浩☆
ヤクルト 初岡栄治、平岩次男(嗣朗)、
船田和英、
鈴木正幸、
館山昌平☆
楽天 佐竹学、
横川史学、
ジョーンズ、
牧田明久、
田中和基☆
(☆は現役、★は永久欠番)
“アーチスト”に始まる強打の系譜

大洋・松原誠
長距離砲の元祖と言えるのが別当薫だ。阪神で華麗なアーチを架けて人気を博し、2リーグ分立で毎日へ移籍して本塁打王、打点王の打撃2冠、プロ野球で初めてとなるトリプルスリーも達成して、リーグと日本シリーズのダブルMVPにも輝いた。
同様に移籍しても「25」を背負い続けたのが、別当監督の下で大洋の四番打者を務めた松原誠。のちに同じ道程をたどったのが村田だ。FA移籍した阪神でも「25」だった新井は18年に最長となる20年目に突入する。ちなみに、弟の
新井良太も中日時代は「25」で、兄弟で同じ時期に同じ背番号だった珍しいケースだ。
タイプは異なるが、外野守備の名手で“塀際の魔術師”と呼ばれた平山菊二、西鉄黄金時代の斬り込み隊長だった高倉照幸も、2球団で「25」だった。同じチームで2度「25」を着けたのが“野球博士”と呼ばれた阪急のスペンサーで、いったん帰国したもののコーチ兼任で復帰して代打を中心に活躍。その後継者となった阪急の高井保弘は代打で通算27本塁打を放ち、世界記録を樹立している。東映の宮原務本(秀明)、左腕キラーとして印象を残した巨人の
平田薫も代打の切り札だ。
ヤクルトには館山昌平が健在、日本ハムの宮西尚生は左のセットアッパーとしてプロ1年目から10年連続で50試合以上に投げまくるなど、投手の「25」も近年はにぎやかだが、投手として最長の17年も背負い続けたのは阪神の山本和行。先発に救援にと通算700試合に登板して100勝100セーブを達成した左腕だ。
一方で、着けた期間は短いが、ヤクルトの
松岡弘と阪急の
山田久志は最初の背番号が「25」。
西本聖は中日へ移籍した1年目だけ「25」だったが、そのシーズンに自己最多の20勝を挙げて最多勝に輝いている。
写真=BBM