早慶戦にあこがれて

大阪桐蔭高の主将として昨春のセンバツで優勝した福井は2月5日、慶大の全体練習に合流した
覚悟を決める心。
昨春のセンバツで5年ぶり2度目の優勝に貢献し、紫紺の大優勝旗を手にした大阪桐蔭の主将・
福井章吾捕手の好きな言葉である。
卒業後の進路先として選んだのは、難関・慶大だった。大阪出身であるが、幼少時から神宮の早慶戦にあこがれ、東京六大学でプレーしたい思いを持っていた。慶大への志望理由は明確だった。
「新しいことに挑戦する慶応のカラーが、自分には合っていると思った」
慶應義塾の創設者・福澤諭吉の教えでもある「独立自尊」を、自らが実践できる環境であると考えたのだ。
福井は大阪桐蔭高野球部在籍時、寮則、グラウンドでのルールなどの「改革」を率先し、学校と私生活の充実を求めた。抜群の人間性とリーダーシップでチームに浸透させ、野球においても大きな成果を収めた。
全体練習に合流した2月5日に「(野球部が)さらなる発展ができるようにしていきたい」と、早くも展望を堂々と語り、「4年生になったら主将としてチームを引っ張り、高校時代に経験した日本一を大学でも達成したい」と、はっきりとしたビジョンを描いた。
AO入試1期で不合格も
しかし、ここに至るまでは大変だった。過去に大阪桐蔭高から慶大野球部に入部したケースはない。3年前に先輩がAO入試(一次選考・書類、二次選考・面接)を受験した例はあるが、1期、2期とも不合格。2017年は環境情報学部の出願者659人に対して、合格者は179人(募集人数100人)という狭き門だ。
説明するまでもなく、スポーツに特化した入試ではなく、日本数学オリンピックなど学術分野のほか、文化・芸術学問に長けた超秀才らが全国から挑戦してくる。福井は8月に一次の書類を提出する1期をクリアできなかった。夏の甲子園に出場したことも影響し、準備期間が不足していた事情もあったという。
「慶應に行きたい。慶應で野球をしたい」
リスクは承知の上。信念がブレることはなかった。一次選考合格発表(11月末)から二次試験までの約10日間、1日8時間以上勉強。どんな質問にも対応できるように、面接対策を重ねた。こうした努力が実り、12月に合格を果たした。
同期には大阪のライバルとして、昨春のセンバツ決勝でも対戦した履正社高の主将・
若林将平が同じくAO入試で入学。同校から慶大の野球部に入部するのも初である。また、慶応高で高校通算50本塁打の
正木智也と、スラッガー3人が1年生ながらレギュラー組が生活する「第一合宿所」に入った。期待の表れである。
「木製バットになるので、スタイルを変えて、ヒットを多く打つ。4年間で100安打打ちたいです。ホームランは1本出れば良いかな、と(苦笑)。2人(若林、正木)にはそれぞれ20本以上打ってもらいたい。3人で引っ張っていくのが、4年後にあるべき姿。『慶應トリオ』と注目されるように準備してきたいです」
慶大にとって最大のライバル・早大には大阪桐蔭高からエース・
徳山壮磨投手と
岩本久重捕手が進学する。
「(徳山と対戦して)自分は5打数無安打でもいい。チーム全体で打ち崩すことが最優先。勝つために貢献する姿を見せていきたい」
あくまで、チームファーストだ。
大学で勉強したいことは……
何を聞いても、具体的な返答が返ってくる。大学(環境情報学部)で勉強したいことは?
「脳科学です」
その理由は昨夏、敗退した甲子園3回戦にあった。大阪桐蔭高は1点リードで最終回を迎えたが、仙台育英高(宮城)に逆転サヨナラ負け(1対2)を喫した。悔しい幕切れを迎える直前は、球場一体が「タオル回し」で仙台育英高を後押しする異様なムード。マスクをかぶる福井は結果的に、この雰囲気にのみ込まれる苦い経験を味わっている。
「視覚情報。脳とパフォーマンスの関連性。どんな状況でも力を発揮するには何が必要なのか、研究していきたい」
さらに卒業後の進路にも踏み込んだ。
「自分は体も小さい(168センチ)ので……。長く野球を続けられる道を考えていきたい。一人の人間として評価され、企業で野球を続けられればいいと思います」
高校時代、最後のポジションは捕手だが、一塁、三塁、外野も守ったことがある。慶大には1年時からレギュラー捕手の
郡司裕也(3年・仙台育英高)がいる。
「郡司さんには2年間、積み上げてきたものがあり、信頼が必要なポジション。まずは内野で勝負して、打撃でアピールしたい」
自身の置かれた立場にも冷静に対処する、クレバーな選手だ。
2018年、創部130年を迎える慶大野球部の“空気”を変えそうな福井のキャラクター性。慶大・
大久保秀昭監督も「選手としてはもちろん、リーダーシップを評価している。新しい風を吹かせてくれる期待感がある」と話しており今後の活躍、そして言動からも目が離せない。
文=岡本朋祐 写真=BBM