今年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永く、お付き合いいただきたい。 人物スポットは2年目の広島・興津達夫
今回は『1960年5月18日増大号』。定価は10円アップで40円だ。増ページ恒例のセンターカラーは『ダブル・プレー』と題し、巨人の二遊間、セカンド・
土屋正孝とショート・
長嶋茂雄の併殺プレー。この60年、長嶋はプロ3年目にして初だが、10試合ショートとしての出場がある。
広島の日系人・
平山智の激しいスライディングに顔をそむけているのも急造ショートらしい(正遊撃手の
広岡達朗は同年98試合の出場)。
巻頭特集は『巨人を支える二人の一年生~名門ジャイアンツに活を入れた堀本と青木』。巨人はここまで12勝8敗でセの首位に立っていたが、うち10勝が新人の
堀本律雄、
青木宥明が挙げていた。
堀本は、もともと即戦力の評価があったが、開幕から5連勝の青木は
浜崎真二コーチが「まるでお相撲さんが投げているようだ」とあきれたくらいギクシャクしたフォームのサイドスローで、開幕前は大きな期待はなかった。かなり飄々とした性格だったようで、青木自身「僕はどうせ素人投手ですからね。藤田さん(元司、故障で離脱中)が出てくるまでのつなぎになれればと思うんですよ」。青木は
大和証券の監督をしていた巨人OBの
藤本英雄が、青木が関東学院大時代に対戦。ノーヒットノーランに抑えられ、「サイドからのシュートはプロ向きかな」と感じての紹介だった。あだなは狸のように太って丸顔でドングリ眼と“タヌちゃん”だったらしい。
一方の堀本は、新人らしからぬふてぶてしさが話題。先輩捕手のサインにも平気で首を振った。さらに当時の球界では年齢ではなく入団順で上下関係が決まっていたのだが、それもまったく無視。立大の1学年下の長嶋をキャンプで会うなり、平気で“シゲ”と呼び捨てにし、周囲をあぜんとさせたという。
人物スポットでは2年目の広島・興津達夫が登場。専大出身で大洋で、前年新人王となった
桑田武以上の逸材と言われながら1年目は不振に苦しんだ。しかし、この年はキャンプの猛練習が実り、四番として好調なスタートを切っていた。「目標は別にない。一本のヒットでもよけいに打つことだ。それと四番を打っても笑われないバッティングをしたい」と謙虚に意欲を語った興津。この時点で打率は3割台半ばだったが、最終的には.268、ただし21本塁打と長打力は光った(この原稿は初出から修正してあります)。
では、またあした。
<次回に続く>
写真=BBM