今年で60周年を迎えた週刊ベースボールの過去の記事を紹介。今回は1993年3月、巨人に入団した大物新人・松井秀喜のオープン戦初安打のリポートだ。 長嶋監督も「そろそろ爆発しそうな気がするよ」

オープン戦13打席目で初安打を放った松井
スピードの違いというプロの壁にぶち当たっている怪物ルーキーを、故郷は温かく迎えてくれた。
3月7日、翌8日に控えた母校・星稜高の卒業式に出席するために石川・根上町の実家へ帰郷。夜は森喜朗通産大臣が名誉会長を務める「松井秀喜選手後援会」の発足パーティーに出席した。同後援会には北陸の政財界の大物がズラリ。それまで、オープン戦9打数無安打となって、「もっと実績を残してからのほうが良かったんですが……」と松井は、戸惑いの表情も浮かべていたが、温かく見守ってくれている故郷の人に感謝の気持ちでいっぱいだったのも事実だ。
「こんなに多くの人たちの支援があることを忘れずに頑張ります」
そして、8日は晴れの卒業式。久しぶりに顔を合わせたクラスメートや野球部員に拍手で迎えられ、式では、同校初の「総長賞」が贈られた。
「やっぱり、いい気分転換になりますね」
1カ月の宮崎キャンプ、さらにオープン戦。慣れない環境、しかもプロの壁に苦しみ、心身ともに疲れがたまっていた松井だけに、1泊2日の帰郷はなによりのリフレッシュ・タイムとなったようだ。
実家ではキャンプ、オープン戦のバッティングのビデオテープを何度も見直した。ビデオを見て、自分のフォームをチェックするのは、巨人のユニフォームを着てからは初めてのこと。故郷の温かい声援が、松井に余裕をもたらし、再び巻き返しの決意をさせるのに一役買ったのは間違いないだろう。
9日、チームに合流。「僕の場合は昨日(8日)が卒業式でしたが、きょうから入学です」。松井はあらためて“旅立ちの時”を心に誓っている。
そんな松井を見て、
長嶋茂雄監督も12日の
日本ハム戦(高松)の前日に、「そろそろ爆発しそうな気がするよ」と予言していた。指揮官は、微妙な松井の心の変化を独特のカンで見抜いていたのだろう。
果たして、12日の日本ハム戦。「七番・左翼」でスタメン出場した松井は、6回二死二塁の場面で、日本ハムの若きストッパー・
白井康勝から右中間に二塁打。オープン戦13打席目で、うれしいプロ初安打をマークした。二塁ベース上で思わず笑みがこぼれる。
「ホッとしました。打球が抜けたときはうれしかった。これで次からは楽に打席に入ることができますよ」
須藤豊ヘッドコーチも「8日に高校を卒業して気持ちの切り替えができたんだろう」とニンマリだ。
“旅立ちの日”の後の初めての試合で初安打。消えかけそうだった「開幕スタメン」もまた視界に入ってきた。
先の話になるが、6月8、9日は
ヤクルトと北陸遠征に出かける。9日は、故郷・金沢でナイトゲームが組まれている。今度は、松井のバットで故郷の温かい声援に恩返しをしたいところだ。
(週刊ベースボール1993年3月29日号)
写真=BBM