
この年の新人の完封勝利は中日・鶴田泰に続き2人目だった
プロ野球の歴史の中から、日付にこだわってその日に何があったのか紹介していく。今回は6月3日だ。
太く短く。短命には終わったが、まばゆいほどの輝きを放った
ヤクルトの
伊藤智仁。1993年三菱自動車京都からドラフト1位で入団。4月20日の
阪神戦(神宮)で、プロ初登板初先発での初勝利デビューを飾り、快速球と高速スライダーを武器に頭角を現した右腕だ。
6月3日の阪神戦(甲子園)は、伊藤がプロ初完封を飾った日である。それ以前にも5月4日の中日戦(神宮)には8回まで無失点も9回二死後、内野安打で失点し、降板(勝敗もつかず)。2勝目を挙げた16日の中日戦(仙台)にも8回まで被安打3の2四球で、無失点も9回無死から2人続けて四球を出したところで交代と、まさに3度目の正直での完封だった。
この日は、中5日の登板で阪神打線を被安打3に封じ込め、4勝目。この時点の奪三振65、防御率1.37はリーグ1位だった。さらにいえば、前回28日の横浜戦(千葉マリン)もすごかった。勝敗はつかなかったが、延長12回2失点15奪三振、球数はなんと193球だ。
伊藤への
野村克也監督の評価はコロコロ変わった。
「ふふっ、いいねえ。稲尾二世や(西鉄の大エース・
稲尾和久)。あのカーブは目をつぶってもストライクが入るんやないか」(ユマキャンプで投球練習を見て)
「まあ、しょせんアマチュアのピッチャーちゅうことや」(オープン戦で滅多打ちを食らい、開幕二軍が決定的となって)
そして、この完封の後は、
「ウチで頼りになるのは伊藤だけや」
伊藤自身は、「数字はたまたまです。ただ一生懸命投げるだけです」とあくまで謙虚だった。
写真=BBM