いよいよ第100回の大きな節目を迎える夏の甲子園。その歴史にこそ届かないが、80年を超えるプロ野球を彩ってきた選手たちによる出身地別のドリームチームを編成してみた。優勝旗が翻るのは、どの都道府県か……? 最高の安打製造機が引っ張る強力打線
東京、大阪と並ぶ三大都市圏の一角で、その中心でもある名古屋市は
中日ドラゴンズの“城下町”。プロ野球の草創期には新愛知新聞が親会社の名古屋(現在の中日)と、名古屋新聞が創設した金鯱の2チームがあった。旧国名では尾張に織田信長と豊臣秀吉、三河に徳川家康が生まれていて、彼ら戦国の三英傑は“愛知県出身”となる。
プロ野球の世界にも、それぞれの分野で頂点を極めた“天下人”が多い。投手は通算最多勝の
金田正一から、シーズン最多ホールドの
浅尾拓也(中日)、通算登板&セーブで最多の
岩瀬仁紀の“天下人リレー”が可能だ。浅尾と岩瀬は2018年も現役で、特に岩瀬は前人未到の通算1000試合登板も視野に入ってきた。打者の“天下人”は日米通算4367安打のイチロー。最強の左腕と最高の安打製造機が投打の中心となって、チームで頂点を目指していく。
【愛知ドリームチーム】
一(中)イチロー(オリックス)
二(遊)
平野謙(中日ほか)
三(右)
稲葉篤紀(
日本ハムほか)
四(左)
山内一弘(大毎ほか)
五(一)
山崎武司(中日ほか)
六(捕)
木俣達彦(中日)
七(二)
井上登(中日ほか)
八(三)
杉浦清(中日ほか)
九(投)金田正一(国鉄ほか)
リードオフマンのイチローにバント職人の平野謙が続き、三番は侍ジャパンの指揮を執る稲葉篤紀。不動の四番は山内一弘(和弘)だ。五番からは中日勢並ぶ。山崎武司に続く六番には“マサカリ打法”でセ・リーグの捕手として初めてシーズン30本塁打を超えた木俣達彦。続くのは“涙の日本一”を決める一打を放った井上登と、2度にわたって監督も務めた杉浦清だ。
ただ、右翼手ではイチロー、稲葉がいて、稲葉が現役終盤に守った一塁には山崎がいる。山崎は外野も守れるが、外野は山内と平野、日本一イヤーに打点王となった
杉山悟(中日)に現役の
大島洋平(中日)という新旧の竜戦士も控えていて飽和状態。ここでは、内野は遊撃の経験もある器用そうな平野を遊撃へ回し、正遊撃手だった中日から国鉄へ移籍して正三塁手となった杉浦を三塁へ。
外野は右翼に稲葉を残し、イチローが中堅で外野の要を担うことで、かろうじて経験のあるポジションでオーダーが組めた。守備の冒険が許されるなら、イチローを右翼に残し、中堅に
赤星憲広(
阪神)を入れて、右中間と一、二番でのコンビも可能。外野と一塁を守った
杉浦享(亨。
ヤクルト)は代打の切り札として控えに温存したい。
捕手も87年MVPの
山倉和博(
巨人)、“ダンプ”
辻恭彦(大洋ほか)に“攻撃型捕手”
大宮龍男(日本ハムほか)、古くは“野口4兄弟”の長兄でもある
野口明(中日ほか)や、捕手だけでなく投手としても活躍した
服部受弘(中日)もいて盤石だ。
最強の左腕が率いる多彩で充実のエース陣

国鉄・金田正一
1933年の夏に中京商(現在の中京大中京高)が甲子園の準々決勝で延長25回を制したことでも知られる愛知県だが、プロ野球でも戦時下の42年に名古屋と大洋による延長28回におよぶ伝説の激戦があり、名古屋ではなく大洋のマウンドで28回344球を投げ抜いたのが愛知県出身の
野口二郎(阪急ほか)。
戦後には通算400勝の金田だけでなく、“小さな大エース”
長谷川良平(
広島)、4連投4連勝で日本一の立役者となったサブマリンの
杉浦忠(南海)ら各チームのエースを、80年代には現在の
ソフトバンク監督でもある
工藤公康(
西武ほか)、“ミスター・パーフェクト”
槙原寛己(巨人)ら左右の好投手をプロ野球へと送り込んだ。
現役にも
小川泰弘(ヤクルト)や
千賀滉大(ソフトバンク)らスターターがいる。投打に充実の布陣で、プロ野球界の“天下統一”も夢ではない。
写真=BBM