
第4戦でドジャースのロバーツ監督に交代を告げられ、ボールを渡すヒル。ヒルの発言の意図を十分に理解できなかったロバーツ監督のミスコミュニケーションで世界一を逃した
このオフ6球団で監督職の交代があるが、指揮官は以前にも増してコミュニケーション力が問われていると思う。現在、球団はどのチームもデータ分析部門のスタッフを増やし、多種多様なデータを基に戦術を練り、試合に勝っていこうとしている。
しかしながら選手は誰も、コンピューターに操られるロボットにはなりたくない。監督は、データに基づいた戦術を選手が自尊心を傷つけられることなく、納得できるように伝え、モチベーションを高めていかねばならない。そしてチームの勝利のために、個々が犠牲を払ってでも一つになって戦う文化を育んでいかねばならない。だがそれは今回のドジャースのデーブ・ロバーツ監督の例を見れば分かるように簡単ではない。
ワールド・シリーズ第5戦、テレビ解説を務めた殿堂入りの名投手ジョン・スモルツは「ドジャースはデータに頼り過ぎ。数字は捨てて、信じるのなら、目で見ているものにしろ」と厳しく批判した。ロバーツ監督はデータ重視のフロントと自尊心の強いスター選手の間に入って、2年連続ワールド・シリーズ出場とチームをけん引してきたのだが、大事なところで状況判断を誤った。
判断ミスは第4戦、7回途中まで1安打無失点とレッドソックス打線を圧倒していた左腕リッチ・ヒルを交代させてしまったこと。出てきたのは
スコット・アレクサンダー、ライアン・マドソン、ケンリー・
ジャンセンと、すでに同シリーズで打たれて不安視されていた投手たち。案の定、4対0から4対4と同点にされた。
なぜ交代させたのか? ロバーツ監督は3巡目になると先発投手は打たれ出すというデータから、早めの交代をする指揮官だった。1年前、アストロズ相手のワールド・シリーズ第2戦でもヒルが4回で7奪三振、1失点と圧倒していたのに早めに代え、結果延長で負けたことで批判された。しかしながら、ロバーツ監督は試合後の会見で今回の交代はデータを重視したのではなく、心の判断だったと弁明した。
「6回裏、ベンチでリッチから次の回を見ていてくれと言われた。一人ひとりの打者に全力を尽くすからと。今まで彼に事前にそんなことを言われたことはなかった」。これを疲れているから危ないと思ったら代えて良い、と言われたと解釈したのである。
ところが、翌日ヒルは、そういう意味ではなかったと全否定した。「ずっと私のことを取材している記者の皆さんなら知っているだろう。自分から代えてくれと言ったことは一度もない。大事な試合だし、チームの結果が一番重要。ほかにもっと良い選択肢があるのなら、代えても良いという意味だった」と指揮官の解釈を否定した。
ヒルにしてみれば、これまで早く代えられてきたことへの不満は少なからず蓄積されていた。それでもチーム第一と我慢してきたが、今回、疲れているから代えて良いと言ったと解釈され、公に発言されてしまったことで、さすがにひと言、言いたくなったのだろう。あの場面、可能な限りヒルで引っ張るべきだった。実際、誰の目にも、相手打線を圧倒しているように映った。
だが監督は意思の疎通にしくじり、交代というデータ的には無難な選択をした。だがそれが命運を分けたのである。
文=奥田秀樹 写真=Getty Images