背番号は、ある選手が引退しても、またある選手に受け継がれていく。2019年も新たな後継者が誕生した。その歴史を週刊ベースボールONLINEで振り返っていく。 80年代に両リーグで華麗なる復活劇
そのタフさゆえに先発、救援と投げまくる。酷使すれば、故障を免れる可能性は低い。故障すれば、かつての球威を取り戻す可能性も低い。ゼロに近い可能性を追い求め、華麗に返り咲いた剛腕たち。そんな「29」を象徴するのが、東京からロッテにかけて最長の23年にわたって背負い続けた“マサカリ投法”の村田兆治だ。タブーだったヒジのじん帯移植手術を受け、2年にもおよぶ懸命なリハビリを経て1985年に完全復活、90年の引退まで先発完投にこだわり、そして投げ抜いた。
ほぼ同時期のセ・リーグで、同様に右ヒジ痛から復活したのが
中日の
鈴木孝政。剛速球で真っ向勝負、76年にリリーフ中心ながら最優秀防御率にも輝いたクローザーだったが、酷使もあって低迷、投球スタイルを変えることで蘇生して、84年には技巧派の先発として16勝を挙げた。その後の中日では剛腕の
与田剛、
巨人でも背負い続けた技巧派の
前田幸長を経て、現在は
山井大介が背負う。
【12球団・主な歴代「29」】
巨人
三田政夫、
松田清、
鹿取義隆、前田幸長、
鍬原拓也☆
阪神 皆川定之、
辻佳紀、
江本孟紀、
井川慶、
高橋遥人☆
中日
金山次郎、鈴木孝政、与田剛、前田幸長、山井大介☆
オリックス 森田定雄、
岡村浩二、
河村健一郎、
石嶺和彦、
田嶋大樹☆
ソフトバンク 藤戸逸郎、
杉山光平、
阪本敏三、
山本和範(カズ山本)、
石川柊太☆
日本ハム 増本一郎、
作道烝、
芝草宇宙、
八木智哉、
井口和朋☆
ロッテ 増山博、
吉田英司、村田兆治、
小野晋吾、
西野勇士☆
DeNA 浅川俊平、
加藤俊夫、
新沼慎二、
白崎浩之、
伊藤光☆(2018年シーズン途中~)
西武 塚本悦郎、
楠城徹、
杉山賢人、
三井浩二、
小石博孝☆
広島 古葉毅、
大羽進、
小林誠二、
小林幹英、
ケムナ誠☆
ヤクルト 石田雅亮、
芦沢優、
西村龍次、ブロス、
小川泰弘☆
楽天 矢野英司、
林恩宇、
小関翔太、
山下斐紹☆
(☆は2019年)
よみがえる剛腕たち

阪神・井川慶
酷使でも壊れなかったのが巨人の鹿取義隆。80年代後半に
王貞治監督の必勝パターンを担い、中継ぎ、抑えにフル回転して、息の長い活躍を続けた。巨人の系譜をさかのぼると、移籍1年目の
別所毅彦や新人19連勝の松田清ら、左右に剛腕がいる。鹿取とともに西武で救援陣“サンフレッチェ”の一矢になった左腕の杉山賢人も「29」だ。
ほぼ同時期には少数派の打者で南海の山本和範(カズ山本)が印象を残す。南海は好打者が多い系譜で、阪急黄金時代の阪本敏三が選手最晩年を過ごし、さらにさかのぼれば“円月打法”で59年に首位打者となって初の日本一に貢献した杉山光平がいる。
2018年シーズン途中にオリックスからDeNAへ移籍した伊藤光が「29」となったが、「27」から続く捕手の多いナンバーでもある。阪神にはヒゲがトレードマークの辻佳紀がいて、阪急では岡村浩二から継承した石嶺和彦が捕手から外野手に転向、指名打者として活躍した。この2チームの後継者となったのが、メジャーでも「29」を着けた左腕の井川慶。やはり「29」は剛腕たちの背番号だ。
現役で剛腕の継承者と言えるのはヤクルトの小川泰弘。17年の終盤に右ヒジを疲労骨折したが、手術を経て翌18年には復活を果たした。剛腕たちのドラマは終わっていない。
写真=BBM