甲子園で見せた意気込み

センバツ開会式の入場行進で、東邦高は山田斐祐将(3年)がプラカード役を務めた(すぐ後方を歩くのは主将・石川)
3月21日、センバツ高校野球が
阪神甲子園球場で開幕した。何もかも「平成最後」がキーワードである。
巡り合わせにしても、あまりに不思議だ。平成元年(1989年)のセンバツを制したのは東邦高(愛知)。30年前の優勝投手である左腕・
山田喜久夫(元
中日ほか)に父を持つ斐祐将(3年、ひゅうま)が、開会式の入場行進でプラカード役を務めた。そして、そのすぐ後方には選抜出場旗を持った主将・
石川昂弥が堂々と歩いた。石川の父・尋貴さんも同校野球部OBで、山田父と同級生であった。
捕手だった尋貴さんは89年春、控え選手でベンチ入りできなかった。息子は背番号1を着けるエースであり中心打者。一方、山田は捕手だが今センバツ、18人のメンバーには入れず、スタンドで応援団長を任されている。つまり、親子で逆の立場となったのだ。
全員が足並みをそろえて、無事に開会式の入場行進を終えたキャプテン・石川は言った。
「(大観衆の中であったが)頑張って(先頭を歩く山田の)声を聞いて、続けることができた。良かったと思います」
そして、富岡西高(徳島)との1回戦(大会4日目、第3試合)を前にして決意を新たにした。
「メンバーだけで野球をやっているわけではありません。山田を含め、アルプスで応援してくれる部員の分も、堂々と躍動したいです」
開会式で前年優勝・大阪桐蔭高が紫紺の大旗を返還した。石川は「閉会式で奪取する? もちろんです」と語気を強めた。平成最初と平成最後のセンバツ王者に挑戦する東邦の春が始まる。達成すれば単独最多5度目の優勝だ。
文=岡本朋祐 写真=石井愛子