
真っすぐが遅くてもピッチトンネルを構成し、球場の特性を生かして勝利を重ねるヘンドリックス
カブスのカイル・ヘンドリックスは、今MLBで真っすぐが一番遅い先発投手である。平均速度はフォーシームが87マイル(約139キロ)、ツーシームが86.7マイル。だが、5月3日のカージナルス戦で81球で完封勝利を挙げるなど、特に本拠地リグレー・フィールドで好成績。通算72試合に登板し28勝17敗、防御率2.62である。
3日の試合後、「序盤、ウィリー(コントレラス捕手)と、相手打者がアグレッシブなのを早めに確認し合えた。いつでも早く打たせることを意識しているが、相手のアプローチをうまく利用できた」と満足そうに振り返った。
81球中、ボール球はわずか18球(1イニングあたり2球)。打たれた4安打はすべて単打。無四球である。なぜこんなに球が遅くて、ストライクをどんどん投げても打たれないのか。指摘されるのがよく使う2つの球種、ツーシーム(50.2パーセント)とチェンジアップ(28.6パーセント)の軌道がほぼ同じであること。
流行りの「ピッチトンネル」で説明すれば、打者が球種、コースを判断するギリギリのポイントで、トンネルが狭いというレベルではなく、リリースの瞬間から捕手のミットに収まるまでほぼ同じ軌道だそうだ。異なるのは速度だけで、チェンジアップは平均78.7マイル。
それにより空振りが取れるし、バットの先っぽに当たった緩いゴロになる。3月末、カブスはヘンドリックスに4年間の契約延長(5559万ドル)を与えている。リグレー・フィールドは投手にとって投げやすい球場ではない。世界で5番目の面積を持つ淡水湖、ミシガン湖沿いにあり、しばしば強風が吹く。寒い日、カナダから北東の風が吹いてくるときは、打球は著しく押し戻されるが、反対に、南ないしは、南西から暖かい風が吹くと、平凡な外野フライでもホームランになることがある。
横なぐりにレフトからライトに吹くときもあり、これも投げにくい。地元のデイリーヘラルド紙で、取材歴30年のベテラン、ブルース・マイルズ記者は「この球場で成功できたのはグレッグ・マダックスやファーガソン・ジェンキンスのようにコントロールが良く、打たせて取るタイプ。北風のときは、甘くても良いからどんどん打者にチャレンジし、南風のときは低めを丁寧に突くなど、臨機応変でなければならない。四球を出さないのも大事。この球場では時に本塁打は仕方がないが、それをソロに抑えるのが肝心」と説明する。
メジャーでは、最近球数100球以下の完封劇を「ザ・マダックス」と呼ぶようになった。マダックスが現役時代13回もこの偉業を達成したからだ。カブスの後輩ヘンドリックスもようやく続いた。今後2度、3度と、繰り返すことが期待される。
スタットキャストのデータが出始めた15年以降、彼の打球角度は平均8.1度(メジャー平均は11度)でしか打たれていない。同僚の
ジョン・レスターが10.6度、
コール・ハメルズが9.2度、ホセ・キンタナが11.6度、
ダルビッシュ有が12.1度だから、誰よりもこの球場に適した投手なのかもしれない。
真っすぐが遅くても、今年12月に30歳になるといっても、球場との相性を考えれば、契約延長を与えるに相応しい投手なのである。
文=奥田秀樹 写真=Getty Images