
ベンチでも投手を見て「頭を整理する」という吉田正尚
開幕から7試合で25打数2安打。打率は1割にも満たず、冗談交じりに「半泣きになっていた」と振り返ることもあった。ただ、そんな開幕直後に口にし続けていたのは「真摯に自分の状態と向き合う」こと。それが、調子が上向くための“絶対条件”と信じて疑わなかった。
そんな思いを打席で感じ取れる一幕も。それは“球審への問いかけ”だ。ボール球だと判断し、見送った後に球審が“ストライク”
コールすると、打席に立つ吉田正尚が球審に問いかける。
「もちろん判定に不服があるわけではありません。確認しているんです。例えば、高めいっぱいなのか、低めいっぱいなのかというように」
自らの“感覚のズレ”を調整するための“確認”。ボール球と思って見送るも、結果はストライクとあっては、打つべきボールを判断することはままならない。むろん、追い込まれてからの“判断ミス”は“見逃し三振”となる。
「三振はイヤなんです。なんでもいいから塁に出る。それが得点につながる可能性もあるし、チームに貢献することだと思うんです」
豪快なスイングから放たれる本塁打が魅力な一方で、外角のボールを左方向へ軽打するのも意識の表れ。そんな豪打と巧打を併せ持つがゆえ、相手バッテリーはリスク回避で四球をいとわず、前半戦は打率、本塁打が伸び悩むのに対して四球が増える一方でもあった。
「正直、『打ちたいのに』と思うこともありました」
はやる気持ちを抑えられたのは、自らの状態を上げるためにほかならない。
「打ちたいと気持ちが先にきて、ボール球に手を出してはダメ。自分のスイングはできませんから。結果を残すためには『自分のスイング』をすることが一番大事」
コンマ数秒の中で勝負するプロの世界では、瞬時の判断が結果を大きく左右する。だからこそ大事になるのが戦況を把握することだが、それ以前に“自身の状態”も理解することも重要だ。それゆえの“選球眼”の調整が、審判への問いかけに表れた。開幕直後と現在の違いを聞いた際の答えからも、それは垣間見える。
「開幕直後からフォームとか、タイミングの取り方とか、特別に変えた部分はないんです。開幕直後のことはシーズンが終わってから振り返りますが、1つ言える“違い”は、ボールの見え方。うまく表現できないんですけど、ボールの見え方が、しっくりくるようになったんです」
代名詞である“フルスイング”を、本人は「力強いスイング」と表現するが、それは打つべきボールを判断しつつ、そしてタイミングが合っているからこそ成り立つもの。タイミングが崩れ、ボール球に手を出しては、“スイング”に力強さは生まれない。
だから、本来の姿を取り戻すために必要だったのは、“力強いスイング”ができる状況を取り戻す、ということでもあったのだろう。それは、すなわち“選球眼”の確認。球審への問いかけは、その一端でもある。
やがて打撃は復調し、開幕から5カ月半が経過。シーズンも残り14試合になった9月12日現在は打率.330、出塁率.424と、ともにリーグ2位に位置している。
結果を求め過ぎず、足元を見つめ続けた26歳。まだ試合は残るも、今季の軌跡は『バットマン・吉田正尚』の生き様を象徴している。ただ、「1つの結果に一喜一憂しない」と語る男は当然、今現在の成績に満足するつもりはない。
文=鶴田成秀