優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。 週6戦を終えて、2勝3敗1分。負けはいずれも1点差で、引き分けとなった試合では7点ビハインドの劣勢から追いついたが追い越せなかった。
あと一打が出ていれば。あの一球が甘く入りさえしなければ――。
一球の怖さ、あるいは重さが、あらためて感じられた一週間だった。
心に効いた“30分間の対話”。
2年目のシーズンを迎えた
上茶谷大河は、その一球を投げる以前のところからの出発を強いられた。
開幕を前にして、右ひじが炎症を起こしたのだ。誰より本人の落胆が大きかった。
「キャンプからわりと順調にやってきたなかで、ひじの炎症で開幕は間に合わないだろうと……。痛みもあったし、正直、どうなるのかって焦りもありました。でも、この期間で何かできることはないかと考えて。実際には想定よりも早く復帰できたんですけど、その短い期間に取り組んだのが股関節を柔らかくすることでした」
もともと股関節は固く、“詰まり”があるのを感じていた。自分の体はそういうものなのだと受け入れてきたが、この機会に改善に乗り出すと決め、それが奏功した。上茶谷は「すごく自分の体の変化を感じた。開幕前よりもずっといい状態になった」と、取り組みの成果を振り返る。
ただ、7月24日の一軍合流後、登板の結果は微妙なものだった。
今シーズン初先発のカープ戦は6回4失点。
2戦目、同31日のタイガース戦は6回3失点。
「良くもなく悪くもなく」の2試合を経て、3戦目のスワローズ戦で結果ははっきりと悪い方向に傾く。3回を投げ、被安打7の4失点(自責3)で降板。今シーズン未勝利のまま一軍選手登録を抹消されることになった。
スワローズとの試合が終わり、神宮球場のビジター用クラブハウスに引き上げたときのことだ。肩を落とす上茶谷を呼び止めるチーム
メイトがいた。
「ちょっと話そうか」
そう声をかけたのは
山崎康晃だった。
「独りで考えていても、もやもやするだけだろうから。いま苦しい状況にいるのは、おれもいっしょ。でも、それがあるからこそ前に進めるんだと思う」
ふたりはその場で30分間ほども、思いを言葉にしてぶつけ合った。上茶谷は言う。
「去年、なかなか勝ちがつかなかったときも、ヤスさんはずっと声をかけてくれました。たしかに自分ひとりで考えるのと、誰かとしゃべりながら考えるのは全然違う。あの(山崎と話した)時間があったから、ファームに行ってからも前向きに取り組めました。本当にありがたかった」 「自分の弱さ、迷い、焦りが出た」
シーズンはじめの3試合で右腕の好投を阻んでいたもの。それはカットボールの不調だった。
「だんだん、軌道が緩むというか、スライダーみたいな感じになって、自分のスタイルを生かせない形になってしまっていた。最初の3試合でどんどん悪くなっていった原因はそこにあります。ファームではそれをしっかりと修正することに意識して取り組みました」
一軍再昇格後の最初の試合は、8月25日のカープ戦。5回2失点という結果だけを見れば、過去との比較において劇的な変化があったとは言い難い。
だが、「今日の投球内容は決して悪くなかった」と降板後にコメントしたように、上茶谷はたしかな手ごたえを得ていた。
「投げ終えた感触は、以前の3試合とは全然違って、次につながるピッチングができたなと。よかったのはカットボールです。ヤクルト戦では130キロ台前半くらいしか出ていなかったのが、広島戦では140キロ前後が出るようになっていた」 上茶谷にとってのカットボールは、「スライダーとまっすぐのちょうど中間のボール」という位置づけだ。カットボールに一定の球速があってこそ、それよりやや遅いスライダーと、やや速いストレートが生きてくる。カープ戦で得た好感触は、次戦に向けての好材料となった。
その次戦――9月1日のジャイアンツ戦の重みは言うまでもなく理解していた。13連戦の初戦で、首位との直接対決。「チームとして絶対に落とせない」一戦の先発を任されるにあたり、上茶谷の士気は高かった。
「本当に調子はよかったですね。カットとスライダーを使うのはもちろんですけど、あの打線を抑えるにはチェンジアップも使って奥行きを出す必要があった」
ところが、そのチェンジアップが高く浮いたところを
大城卓三に捉えられた。両軍無得点の4回、ストライクからボールになるような低めの球を、との捕手の要求に応えきれなかった。
「カウントはワンボール。ボールを(これ以上)先行させたくない思いもあって……。自分の弱さ、迷い、焦りが出た。技術的にも足りなかったと思います」
試合は、一時同点に追いつくも、惜敗。相手に先制を許した2点本塁打は、悔やみきれない一発になった。
一本のヒットで雰囲気が変わった。
9月9日のタイガース戦で、上茶谷は6度目の先発にして今シーズンの初勝利を手にすることになる。
許すまいと考えていた先制点を初回に与えてしまったが、その裏、すぐに逆転してくれた打線に勇気づけられた。本人が、いちばんのヤマ場と振り返るのは、3点リードの6回表、先頭打者にヒットを打たれた場面だ。
「グラウンド整備を挟んで、先頭が代打の
俊介さんで。あとで知ったんですけど、俊介さんのヒットが732日ぶりとかだったそうですね。相手のベンチの盛り上がり方がすごくて、雰囲気がガラッと変わるような感じがありました。しかも打席には、初回にツーベース、2打席目も大きなセンターフライを打っていた近本(光司)さん」
投手の頭は望ましくない未来を思い浮かべずにはいられなかった。勢いを得た相手打線。タイミングが合っている打者につながれ、走者を溜めたところで上位打線と対峙する。とりわけ、得点圏打率が高いJ.
サンズに回すことは避けたかった。
だからこそ、近本をカットボールで空振り三振、さらにスタートを切っていた俊介を
戸柱恭孝が二塁で刺殺した併殺プレーは大きかった。
7回にも2アウト一三塁のピンチをつくったが、
梅野隆太郎をライトフライに打ち取って、上茶谷はこの日の務めを終えた。梅野には7月の試合でスリーランを打たれていた。その記憶が、打者への警戒心、低めへの制球に対する意識を緩めさせなかった。
「一発もあるバッターだということはぼくも打たれて感じていたので、ずっと低めに投げ込めました。やり返したい気持ちもあった」
野球の試合は長く、その間には必ずと言っていいほど勝負を分ける一球が存在する。振り返って「あれがそうだったのか」と敗者は唇を噛む。
なればこそ、痛恨の一球を教訓とすることが重要になる。上茶谷がつかんだ今シーズンの1勝目は、勝利と敗北の分岐点で、間違いのない一球を投げ込めたからこそ得られた結果だった。 大貫の活躍に「パワーをもらえる」。
「それでも、去年よりは1試合だけ早かったんですよ」と、24歳は苦笑する。ルーキーイヤーの昨年は登板7試合目で初勝利。今年は6試合目で1勝を挙げた。
勝ち星が積み上がらない時間は、ドラフト1位指名を受けたという事実が重圧となってのしかかる。上茶谷は言う。
「(ドラフト1位で指名されてきた)これまでの方たちがすごい人ばかりなので、自分があまりよろしくない成績だと『外れだ』と叩かれてしまう。やっぱり、そこのプレッシャーはあります。でも、いっしょに入った大貫(晋一)さんが今シーズン活躍されているので、気持ちが楽になるというか。同期で仲もいい選手ががんばっていると、自分もパワー、刺激をもらえるような気がするんです。そこは助かってますね」
9月の前半を終え、首位との差は11ゲームにまで開いた。背中は遠のいたが、上茶谷は前を向き、言葉を紡ぐ。
「去年も同じくらい離れたところから0.5ゲーム差まで迫りましたし、まだまだいける。全然、あきらめてはいけないところだと思います。ぼくがこれから投げる試合は全勝したい。チームが首位を追いかけていくための勝利に、一つでも多く貢献できるピッチングができればと思っています」 9月15日からは、ジャイアンツとの直接対決を含む9連戦が組まれている。目の前の一試合に全力を注ぎ、着実に勝利を積み重ねていきたい。
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写真=横浜DeNAベイスターズ