読者からの質問にプロフェッショナルが答える「ベースボールゼミナール」。今回は投手編。回答者はメジャー・リーグも経験した、元阪神ほかの藪恵壹氏だ。 Q.連続写真解説ページでも話題に上りますが、これまでワインドアップ、ノーワインドアップで投げる日本人ピッチャーの多くがプレートよりも後方に足(軸足とは反対の足)を引いてから始動するフォームでしたが、近年、プレートの前で完結するコンパクトな(?)フォームの選手が増えてきました。メジャーの選手はほぼこの形ですが、プレートの前で動きを完結させる利点を教えてください。(東京都・18歳)
A.プレートよりも後方に足を引く最大の弊害は重心の位置が始動時よりも後方にズレることです 
アスレチックス時代の藪氏。実体験からもプレートの前でフォームを完結させるほうがいいと言う
前回の続きです。「一本足でバランス良く立つ」ことを考えると、そこに至るまでのムダを排除しようと考えるのは当然で、プレートよりも前ですべてを完結させるピッチャーの場合、バランスを損ないようがなく、ここに一切のムダがないことを解説しました。逆に軸足と反対の足をプレートよりも後方に引くピッチャーの動きの大きさ(つまりムダ)は、私の推奨するフォームの比ではないことも説明しています。
プレートよりも後方に足を引く最大の弊害が頭の位置(重心の位置)が始動時よりも後方にズレてしまうことにあります。例えばプレートに両足をそろえて立って、サインを見て、さあ動き出そうという直前、頭の位置は基本的には軸足(※右投手で想定。この場合、右足)の真上にあります。ここまではプレートよりも前で完結させるピッチャーと同じです。しかし、次に振りかぶるなどしながら左足をプレートよりも後方に引いて、ベタッとカカトを地面に着けてしまうと、頭の位置は左足の上にズレることになります。
でも、考えてみてください。どんなピッチャーでも、「一本足でバランスよく立つ」ことは必須で、このときの頭の位置は“軸足の上”であるはずです。つまり、動かした分は戻さなければならず、「一本足でバランス良く立つ」ことは、とても重要で、かつ投球動作の中では難しいのに、なぜ自ら重心の位置をズラすようなことをするのでしょうか。
前編でも触れましたが、プレートよりも前ですべてを完結させるピッチャーの場合、斜に構えた始動から頭の位置を動かさずにスッと左足を引き上げるだけです。こちらのほうが「真っすぐ立つ」、「軸足股関節にしっかりと体重を乗せる」ということに、シンプルにフォーカスできると思うのですが、どうでしょうか。
どうしても、プレートよりも後方に足を引かないと投げられないというならば、百歩譲って仕方がありません。その場合、対処法が2つあって、1つが後方に引いたカカトを地面につけず、つま先立ちで止めることです。こうすると頭の位置が後方にズレるのを防いでくれます。加えてこのとき、目線をホーム方向に向けるのではなく、軸足の爪先に落とすことです。この2つの合わせ技ならばなお良しで、頭の位置を軸足の上にキープすることができます。それでも、それ以降のムダな動きがなくなるわけではないですが……。
<「後編」に続く>
●藪恵壹(やぶ・けいいち)
1968年9月28日生まれ。三重県出身。和歌山・新宮高から東京経済大、朝日生命を経て94年ドラフト1位で阪神入団。05年にアスレチックス、08年にジャイアンツでプレー。10年途中に
楽天に入団し、同年限りで現役引退。NPB通算成績は279試合、84勝、106敗、0S、2H、1035奪三振、防御率3.58。
『週刊ベースボール』2020年10月12日号(9月30日発売)より
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