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プロ野球20世紀・不屈の物語

「長い下積みを忘れないため」……加藤博一の“忍”/プロ野球20世紀・不屈の物語【1986〜90年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

夢のオールスター


誰からも愛された大洋・加藤


 1985年、“スーパーカー・トリオ”の二番打者としてプロ16年で培ってきたものをフル稼働させた大洋(現在のDeNA)の加藤博一。大洋は4位。低迷が続いていた大洋にとっては4位でも躍進と言えた。ひょうきんなキャラクターもあって、もともと人気はあった加藤だが、いぶし銀のプレーで前を打つ高木豊、後を打つ屋鋪要らの活躍も呼び込み、自身も48盗塁、39犠打などでキャリアハイを叩き出したものの、こっそりと(?)駆使していた“秘芸”が見えづらかったこともあるのか、加藤は球宴への選出はならず。夢の舞台への出場は若いころからの加藤の悲願でもあった。

 迎えた1986年。加藤は開幕から快走する。“スーパーカー・トリオ”も健在だったが、前年は秘めた勝負強さも発揮した加藤、前半戦は場面を問わない安定感を見せて、首位打者を争うほどの好調ぶり。これで、プロ17年目にして初めて夢の舞台に立った。座右の銘は“忍”。「長い下積みを忘れないため」(加藤)だという。快足でしか期待されなかった若者は、スイッチヒッターへの挑戦で、左打ちを自分のものにするために「右手にスプーンでカレー、左手に箸でラーメンを食べられるように」(加藤)なるなど、思いつく限り、なんでもやった。

86年、初のオールスターに出場して第2戦では優秀選手賞を獲得(左から加藤、高橋慶彦清原和博西川佳明山本和範


 それでも一軍は遠く、昇格してもチャンスは限られ、すぐ落とされる日々。2チーム目の阪神でブレークするも、すぐに故障で失速する。それでも、くさったことは1度もなかった。逆境にあって、笑顔でいることは難しいものだ。加藤は報われなかった時期も、誰よりも声を出し、人を笑わせて、そして自らも笑い続けた。笑顔を絞りだすことで、自らを奮起させたこともあったかもしれない。逆境を笑ってはねのけ、ついに夢をかなえたのだ。

 だが、運命は非情だった。後半戦に入ると、すぐに右足を打撲して、離脱。またしても加藤は逆境に身を置くことになる。同時に、それは“スーパーカー・トリオ”の瓦解を意味していた。

 35歳で迎えた翌87年からベンチを温めることが多くなった加藤。それでも、加藤は加藤だった。シーズン7盗塁と持ち味の足は勢いを失ったが、ムードメーカーキングの凄腕(?)は変わらず。ベンチから声を出し続けるだけでなく、さらにはプロ18年目にして打撃フォームを微調整している。85年からはスイッチヒッターながら相手が左腕でも左打席に入るようになり、それでも時折、「気分で」(加藤)右打席に入ったりしていた加藤。リズミカルにバットを振って構える姿は印象的だが、この87年にはバットを下げて構えてリズムを取るように。これでタイミングを取り、腰の回転で振り抜いた。

別次元の人気者


 レギュラーから遠ざかるようになった加藤は、さらに新たな一面を発揮するようになる。もともと持っていたものでもあるだろうが、自らがグラウンドで駆け回っていたら手が回らないこと。後輩へのアドバイスだった。加藤にとっての後輩は敵も味方もなく、チームの若手、時にはヤクルト池山隆寛まで指導して、周囲の苦笑を買ったこともあった。愛称は“おとうサン”。一方、家庭では厳格な父親で“おとうサマ”と呼ばせていたという。

 プロ20年目の89年に節目の通算1000試合出場ピッタリでシーズンを終え、39歳となる翌90年いっぱいで現役を引退するが、そのラストイヤーも63試合に出場。もちろん規定打席には届いていないが、打率.315と頼れる存在であり続けた。

 テスト入団から3チームで長い現役生活をまっとうした加藤だったが、打撃タイトルもなく、ベストナインもゴールデン・グラブもない。プロ野球の歴史は、まずは実績、タイトルや表彰で振り返られ、それだけでは加藤の存在に触れることはできない。ただ、同じ時間を過ごしたファンにとっては、長い時間を経た今も脳裏に焼きついている存在だろう。

 それぞれの名場面があると思うが、私事で恐縮ながら、筆者にはグラウンドの中というか外というか、ファン感謝デーで少年ファンに野球を教えているシーンが印象に残っている。圧倒的な背の高さもあり、やむを得ず“上から目線”になっている選手たちの中で唯一、視点を下げて、緊張気味の少年たちの輪の中で、元気あり余る少年たちよりも元気にハッスルしていたのが加藤。そんな加藤に少年たちが群がるのは自然のことだった。プロ野球選手として少年たちの人気を集める選手は星の数ほどいるが、人として好かれている雰囲気を醸す選手は極めて珍しい。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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