3月28日、東京ドーム――。
ジャイアンツとの開幕カード3戦目は、ベイスターズの1点リードで8回裏に入った。マウンドには、セットアッパーの役目を担う
石田健大が上がる。今シーズン初勝利へ、盤石の継投となるはずだった。
しかし、石田は先頭のZ.
ウィーラーを四球で歩かせた。送りバント、三振を挟んで打席に迎えた
中島宏之にも四球を与えた。次打者の
梶谷隆幸にヒットを打たれ、同点とされた。そのまま1-1でゲームは終わった。
ウィーラー、中島の右打者2人に対し、左腕は果敢に内角を攻めた。ゾーンの境界線を白球の輪郭はかすめていたか、否か。クロスファイヤーの軌跡は際どかったが、「ボール」の
コールが連呼された。
石田が振り返る。
「自分としてはベストな球だったと思います。でも、ボールなので。ストライクゾーンに投げきれなかったというのが事実なので。
そこ(ゾーン内)に投げきる自信がなかったのか、球に勢いが足りないと思っていたのか……。まだ弱い自分がいたのかな、とは思います」
「マイナスの方向に進んでいた」
開幕戦での登板でも3連打を浴び1点を失っていた。2カード目のスワローズ戦で2度マウンドに上がったが、いずれも3点を失った。登板4試合で8失点。防御率24.00。想定外の幕開けだった。
勝ちパターンから外れた石田は、ビハインドシチュエーションでの登板を重ねながら復調を図ることになる。
失点が繰り返されてしまったのはなぜか。因果は複雑に絡まり合うが、ロジカルに整理すれば、こうなる。
投げているボール自体は悪くない。ただ、出だしでつまずいたことが心理に影響した。先のコメントのとおり自信に陰りが出た。同時に、「次こそは」と、抑えたい気持ちが高まっていく。
結果、バットで捉えられそうなコースに投げ込むことを「嫌がった」。繊細なピッチングになった。おのずと四球が増え、失点につながった。スワローズ戦で失った6点のうち3点が、四球で出した走者の生還によるものだった。
「抑えたい気持ちを強く持っているなかで、それが悪い方向に進んでしまったというのがいちばんかなと思います。自分らしいピッチングではまったくなかった。いろいろ考えすぎていた部分もあったし、マイナスの方向に進んでいた」
立ち直りの道を模索するため、投手コーチと頻繁に話をした。対話を通じ、一つのシンプルな事実をあらためて確認した。結果はよくないけれども、投げているボールの質自体は好調時と比べてもさほど変わっていない、ということだ。
コーチにかけられた言葉を、石田は思い返す。
「『ここが悪いんじゃないか』ってつい探してしまうけど、そうじゃなくて。自分の原点。
自分の何がいいからこのポジションで投げられているのか。この一軍のマウンドで投げられているのか。そういうところをもう一回、考え直してやっていけば、必ずいいときは来るから」
石田に必要な作業。それは、開幕からの悪循環の中で見失いかけていた「自分の原点」を見つめ直すことに定まった。
全力で腕を振って、ゾーン内で勝負。
昨シーズンは中継ぎとして50試合に登板し、リーグ3位に入る25ホールドを記録した。大崩れせず、確実に次の投手にバトンをつないだ。「首脳陣の方が計算しやすい部分があると思う」と、石田自身が言う。
その安定感の礎となっていたのが、「しっかりとゾーンで勝負できて、ムダなランナーを出さないこと」。原点の姿だ。
「去年や2年前も、そんな(厳しい)コースにいいボールがバンバン投げられていたわけでもない。多少甘くても、ボールの勢いでファウルになったり打ち取ったりというピッチングをしていた」
全力で腕を振って、ゾーン内で勝負を挑む。本来のスタイルに立ち戻った石田は、着々と復活への道を歩んでいく。登板5試合目からは8試合連続で無四球。失点を「1」に抑えた。
一方、チームは大型連敗の沼にはまっていた。昨年まで2年間、選手会長を務めていた身として、じっとしているわけにはいかなかった。キャプテン
佐野恵太の、よき相談相手となった。
「嶺井(博希)さんも交えて、よく話しましたね。なかなか1勝ができない時期は、どうしても『明日も同じ結果になるだろう』という雰囲気があって。『こういうときにこそ動かないといけない』という話は恵太としました。
ただ負けてるだけじゃ何も成長しないので。負けているときに話し合って、行動を起こせたことは大きかったと思います」
従来のミーティングは、前に立って言葉を紡ぐキャプテンと、それに耳を傾けるチームメイトという構図にならざるを得なかった。「横浜一心」のスローガンを掲げて戦う今シーズン、より強い一人ひとりのコミットが必要だった。だから石田らは、少人数のグループをつくってミーティングを重ねる案を考え出し、実行に移した。
「自分で考えて発言することによって、責任感も出る。口に出したことをやらないといけないという気持ちを全員が持てば、少しずつでも変わるかなって」 「チームの役に立てたな」
4月の最終週あたりから、チームは息を吹き返し始めた。石田もまた、より強い輝きを放ち始めていた。
5月2日のスワローズ戦では、先発・
阪口皓亮の緊急降板を受け、2回途中からリリーフ登板すると、3回1/3を無失点でまとめた。点を奪い合う展開となったが、8回に
桑原将志の勝ち越し本塁打が生まれ、ベイスターズが勝利を手にした。
石田は言う。
「長いイニングを投げてチームが勝った日というのは『チームの役に立てたな』っていう気持ちが強くなる。そういう試合が増えてきたから、自分の精神面も安定してきたと思うし、チームの雰囲気もよくなってきた」
しかし、チームにまたしても暗雲は漂い始めている。5月8日以降6試合を戦って2分4敗(降雨による中止が2試合)。久しく勝利を味わえずにいる。
ただ、そうした状況にあっても、石田は淡々と自身の仕事に向き合っている。
とりわけ5月12日のジャイアンツ戦の投球は目を引いた。1点ビハインドの8回、先発した
濱口遥大からバトンタッチを受けた。
「1点ビハインドの8回という場面で名前を呼んでいただけたことがうれしかった。逆転するためのピッチングをしないといけない日だった」
心のどこかに弱さがあった過去の石田はもういなかった。先頭の中島に低めのチェンジアップを振らせて三振を奪った。
若林晃弘にも強気に攻めたが、高めの直球を打たれフェンス直撃の二塁打を浴びる。直後、一瞬だけ険しい表情を浮かべた。
「間違いなく失投ではあると思う。けど、その前の日に三嶋(一輝)さんが(若林に)ホームランを打たれていたので、ぼくが何としてでも借りを返さないといけない場面でした。
誰かが打たれたあと、そのバッターを抑えるというのも中継ぎの仕事。失投より、そういう場面で打たれてしまったことの反省のほうが大きかった」
流れを変えた2者連続三振。
代打として出てきたJ.
スモークを申告敬遠し、1アウト一二塁。追加点は与えられない場面で、
廣岡大志を打席に迎えた。
この対戦、捕手の
戸柱恭孝とのサイン交換は阿吽の呼吸だった。廣岡も代打で送られてきた打者であり、バッテリーは事前に攻略の話し合いをしていない。戸柱のサインを見て、石田は思う。
「トバさん、これまでと違う配球をしてきたな」 廣岡がスワローズに在籍していたころから、基本的には同じ攻め方をしてきたという。ただ、この場面で戸柱はパターンを変えてきた。石田も乗った。「話し合いをしていないなかで、そういう配球で合致できたことは大きなプラス要素」。初球はカーブ。大胆とも言える一球でストライクを奪った。
2球目以降は内を攻めた。5球目のストレートはインローへ。打者は動けず、球審はストライクをコールした。石田は納得の表情で言った。
「あれはストライク。開幕してすぐの試合で投げたのは、厳しいコースだったけどボールでした。ボール1個ぶん、1.5個ぶんの違いです」
そのわずかな違いこそが、歯車が狂い始めてからここに戻ってくるまでの努力の結晶だった。 次打者の
香月一也からも内角のストレートで見逃し三振を奪った石田は吠えた。「あの日いちばんよかった一球」を投げた手ごたえと、味方の士気を上げたい思いが声になった。直後の8回裏、N.ソトと
牧秀悟のホームランでベイスターズは逆転した。マウンドに上がるときに志した「逆転するためのピッチング」は現実のものとなった。
しかし――。
9回、クローザーの三嶋が打たれた。2アウトからヒットとホームランで2点を失い、同点に追いつかれた。前日には、同点の9回、2本のホームランを浴びて負け投手となっていた。
三嶋について、石田は言う。
「みんなの前で暗い顔は見せない方ですけど、本人にしかわからない部分はあるでしょうし、最後のイニングを投げているピッチャーにしかわからないプレッシャーもあると思います。あの日(12日のジャイアンツ戦)も、ぼくは2人のランナーを出しているわけで、3人で終わっておけば9回のマウンドにも上がりやすかっただろうな、と……。正直、ずっといい成績を残せるシーズンなんてないと思うので、みんなで助け合うことが絶対に必要。ブルペン陣、先発陣も含めて、助け合う気持ちをもってシーズンを戦っていけたらと思います」
誰かが打たれたら、その借りを返す。 流れを変える、取り戻す。 中継ぎ投手に求められる仕事をより高いレベルで果たすべく、石田は誓う。
「打たれたらファームに落ちてしまうという気持ちで投げないといけないと思っています。毎日、自分のボールをバッターに向かって投げる準備をして、1試合でも多く、チームのためになるピッチングをしたい」
逆境からの反転攻勢へ、苦悩を経てたくましくなった左腕の好投が欠かせない。
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