遊び球も見せ球もなく
1986年オフ、
中日・
星野仙一監督は就任直後に
ロッテから
落合博満を獲得。さらに打倒巨人を掲げて、いわゆる“記事になりやすい”さまざまな挑発的な言葉を繰り返していた。
期せずして両チームは87年、後楽園の開幕カードで激突。巨人・
王貞治監督は、4月10日の開幕投手として西本聖を送り込んだ。オープン戦で好調だった西本だが、前年はわずか7勝。
皆川睦雄コーチと衝突して罰金を取られ、オフにはトレード話もあった。
周囲の予想はエース・
江川卓。開幕戦で「先発・西本」とアナウンスされたとき、後楽園に詰めかけた5万人の大観衆がざわめく。王監督は試合後、「奇策でもなんでもない。開幕戦というのは相当のプレッシャーが掛かる試合。それに耐えられる強さがないと務まらない。江川がそうではないというわけではないが、西本がベストだと思った」と話した。
当然、西本がこの試合に懸ける思いは強く、燃えに燃えていた。特に対落合。パ・リーグの2年連続三冠王だった落合に対し、「パでは打ったかもしれないが、セでは違う。なめられてたまるか!」と闘志をむき出しに挑んだ。
西本が選んだ策は自らの決め球でもある
シュート勝負だった。結果、第1打席三ゴロ、第2打席センター前ヒット、第3打席三ゴロ、第4打席遊ゴロ。ヒットを1本許したが、落合に対する10球はすべて内角へのシュート。遊び球も見せ球も、そして投げ損じもなかった。すべてが落合の体に向かい、食い込んでいった。

落合(背中)を封じ込めたのは、シュートと西本の闘志だった
試合も6対0の完封勝利。「自分で言うのもなんですが、名勝負だったと思いますよ。球界を代表するバッターに全部同じ球種を投げて勝負した選手はいなかったと思います」と胸を張り、落合は「今日は何もないよ」と一言を発しただけだった。
この開幕カードは2勝1敗で巨人の勝ち越し。2戦目以降も巨人の投手陣は、落合を徹底的に内角攻めにし、11打数3安打に抑えた。その後の結果を見ると、開幕戦は決して「130分の」ではなかった。
写真=BBM