終盤戦に入り、両リーグともに混戦模様の本塁打王争い。1本差で本塁打王を逃した昨季の
中田翔のように、僅差で決着する可能性も高い。では、中田と同じように、わずか1本の差で本塁打王になれなかった選手は他に誰がいるのだろうか?
過去25人が1本差で本塁打王のタイトルを逃す
96、97年と松井は1本差でキングの座に就けなかった
2リーグ制となった1950年から2020年までのシーズン本塁打ランキングを調べ、1本差で本塁打王になれなかった選手を挙げてみた。
宮本敏雄(
巨人)21本塁打/1957年
山内一弘(毎日)29本塁打/1957年
葛城隆雄(毎日)24本塁打/1959年
興津立雄(
広島)21本塁打/1960年
森徹(
中日)21本塁打/1960年
土井正博(近鉄)40本塁打/1971年
長池徳士(阪急)40本塁打/1971年
大杉勝男(東映)40本塁打/1972年
ケージ(阪急)31本塁打/1982年
バース(
阪神)35本塁打/1983年
落合博満(中日)32本塁打/1988年
ニール(
オリックス)27本塁打/1995年
松井秀喜(巨人)38本塁打/1996年、37本塁打/1997年
大豊泰昭(中日)38本塁打/1996年
清原和博(
西武)31本塁打/1996年
小久保裕紀(ダイエー)36本塁打/1997年
中村紀洋(近鉄)32本塁打/1998年
カブレラ(西武)50本塁打/2003年、31本塁打/2006年
岩村明憲(
ヤクルト)44本塁打/2004年
ガイエル(ヤクルト)35本塁打/2007年
T.ウッズ(中日)35本塁打/2007年
高橋由伸(巨人)35本塁打/2007年
ローズ(オリックス)42本塁打/2007年
ラミレス(巨人)45本塁打/2008年
中田翔(
日本ハム)31本塁打/2020年
1本差で本塁打王を獲得できなかった選手は、1957年の宮本敏雄から2020年の中田翔まで全部で25人。このうち、松井秀喜とカブレラは、2度も1本差でタイトルを逃した。松井は
山崎武司とホージー、カブレラはローズと
小笠原道大に阻まれている。特に2003年のカブレラは、シーズン50本塁打を放ちながらもわずか1本届かず。50本打で本塁打王になれなかったのはカブレラただ一人だ。
“無冠の帝王”と称された清原。96年は1本差で本塁打王に届かず
1本差で本塁打王になれなかった選手の中には、キャリアを通してタイトルに縁がなかった選手もいる。その代表といえるのが清原和博。最も本塁打王に近づいたのが1996年だったが、オリックスのニールに1本及ばず。常に本塁打争いの上位に食い込み、通算では歴代5位となる525本塁打を放っている清原だが、残念ながら打撃タイトルには縁がなかった。
村田修一や山崎武司は1本差の本塁打王に複数回輝く
1本差で逃した選手は全部で25人。反対に「1本差で本塁打王」になった選手は何人いるのかを調べたところ、以下の20人が該当した。
佐藤孝夫(国鉄)22本塁打/1957年
青田昇(大洋)22本塁打/1957年
野村克也(南海)30本塁打/1957年
山内一弘(毎日)25本塁打/1959年
藤本勝巳(大阪)22本塁打/1960年
大杉勝男(東映)41本塁打/1971年
長池徳士(阪急)41本塁打/1972年
落合博満(
ロッテ)32本塁打/1982年
山本浩二(広島)36本塁打/1983年
大島康徳(中日)36本塁打/1983年
カルロス・ポンセ(横浜)33本塁打/1988年
小久保裕紀(ダイエー)28本塁打/1995年
山崎武司(中日/
楽天)39本塁打/1996年、43本塁打王/2007年
ニール(オリックス)32本塁打/1996年
ホージー(ヤクルト)38本塁打/1997年
ウィルソン(日本ハム)37本塁打/1997年、33本塁打/1998年
ローズ(近鉄/巨人)51本塁打/2003年、45本塁打/2004年
T.ウッズ(横浜)45本塁打/2004年
小笠原道大(日本ハム)32本塁打/2006年
村田修一(横浜)36本塁打/2007年、46本塁打/2008年
浅村栄斗(楽天)32本塁打/2020年
20人のうち、「1本差での本塁打王」を複数回記録した勝負強い選手が山崎武司、ウィルソン、ローズ、村田修一の4人。特に2007年のセ・リーグは4人が35本で並んでいた中、最終盤で横浜の村田が本塁打を放ち、見事に本塁打王に輝いた。そのため、この年は3選手が1本差でタイトルを逃すという珍事が発生した。
現在、セ・リーグは巨人の
岡本和真とヤクルトの
村上宗隆が38本で並ぶ接戦。パ・リーグはオリックスの
杉本裕太郎が29本でトップであるものの、2位の
ソフトバンク・
柳田悠岐とは2本差だ。果たして昨季に引き続き、1本差で本塁打王を逃す選手は出てしまうのか、終盤戦も目が離せない。
文=中田ボンベ@dcp 写真=BBM