「選手以外のところでも役割は大きい」

会見時の岡田(球団提供)
「あなたが必要です」
この一言が、どれほどまでに人の心を打つのか。
岡田雅利の瞳に一瞬浮かんだ涙がすべてを物語っていた。
国内フリーエージェント(FA)権を行使した上で
埼玉西武ライオンズに残留することを宣言した岡田は、「ライオンズが大好き。それだけです!」と、決意の理由を説明した。
2014年にドラフト6位で入団。大阪ガスで社会人野球を6年間経験した実績から、1年目から即戦力として一軍メンバーに帯同し、地道に登録日数を重ねてきた。2018年までは
炭谷銀仁朗(現・
楽天)、以降は同期の
森友哉と、常に別の選手が正捕手の座に就いてはいるが、その陰で、いつ出場機会が巡ってきても“らしさ”を発揮すべく、万全の準備を整え続けてきた。
ここ数年では、バントを武器に“ピンチバンター”としての地位も確立。毎日の試合前練習のときも、バント練習を絶対に欠かすことはない。一塁線の狙いたい位置へカゴを置き、その中へ確実に転がす質の高さに、若手選手たちも感嘆するばかりだ。10月10日の楽天戦(メットライフ)、2対2で迎えた9回裏、無死一塁の場面でピンチバンターとして打席に立つも、まさかの捕邪飛に終わったことがあった。だが「毎日一番(バントの)練習をしているのは岡田だから」と
辻発彦監督はじめチームメートたちも誰一人、一言も岡田を責めることはなかった。
また、試合だけではない。時には精彩を欠いた若手投手陣に対し、厳しく叱咤する役を引き受ける。また、あるときにはライバルでありつつ、それ以上に強い信頼関係で結ばれている森の相談相手となり、「どうすればチームが勝てるのか」「どうすればもっと良いチームになるのか」を共に悩み、話し合い、解決策を模索し続けてきた。ベンチでは誰よりも大きな声を出して仲間を鼓舞し、ムード作りに一役買う。こうした一つひとつの姿勢が、チームにとってどれほど大きな支えであり、貴重な戦力であるか。フロントも首脳陣、チームメート、スタッフも、そしてファンも、みな十分過ぎるほど認めている。
シーズン終了直後に行われたという交渉の席で、
渡辺久信ゼネラルマネージャー(GM)から伝えられた。「選手としても必要だし、選手以外のところでも役割は大きい。」と。
その言葉は、岡田の心を射抜いた。昨季、今年と、打率は1割台。出場機会も減りつつある中で、プロ野球選手として当然、不甲斐なさを痛感し自問自答してきた。その中でかけられたキラーワード。「GMの言葉で、僕もまだ必要とされているんだなということが本当にうれしかった」。交渉の場でのやり取りを思い出したのであろう岡田は、そう話すと、ほんの少しだけ目を潤わせた。そして、らしくおちゃらけてみせた。
「『必要』という言葉で、GMに恋愛しちゃったんです! (心を)つかまえられちゃいました(笑)」
「しっかり恩返ししたい」

ピンチバンターとしても真価を発揮している(写真=BBM)
FA権は、プロ野球選手が長年をかけて勝ち取る大切な権利である。社会人出の岡田は8年という時間をかけて手に入れた。その間、自身がプロ野球界の中でどれほどの評価をされているのかを知る最高の機会である。「正直、(他球団からの評価を)聞いてみたい気持ちもあったことはありました」。だが、それ以上に、「自分の今年、去年の結果を見ても、チームに何も貢献できてない状況だったので、なんとかライオンズで結果を残して、しっかり恩返ししたいという気持ちがすごく強かったんです」。権利を行使した上での残留は、『生涯ライオンズ』宣言だと岡田自身も強く自覚している。
迷いは一切なくなった。あとは、ライオンズでのプロ野球人生をより長く、より充実したものにすべく精進するのみ。
先日行われた
オリックスと
ヤクルトによる日本シリーズをテレビで見て、大きなショックを受けた。「同じプロ野球界なのに、自分らはなんでここで練習しているんや? 本当なら、この舞台にいて、テレビに映っていないとダメなのに……」。悔しい気持ちが強過ぎて、数日前、「来年、僕ら埼玉西武ライオンズが優勝するというのを夢で見ました(笑)」。「多分」とつけたところが、なんとも、「知らんけど」とオチをつける関西人らしいが、優勝への渇望、ライオンズへの思いは並々ならぬものがある。
「まだ日本一になったことがないので、それを達成したい。ライオンズが来年日本一になるための一つのピースとして頑張っていければと思います」
いつまでも「必要だ」と言われる選手へ。岡田のライオンズ人生の続きが始まった。
文=上岡真里江