ここ数年、助っ人が不振の
巨人。特に、巨人が最初に引っ張ってきた「生え抜き助っ人野手」は、個人タイトルの獲得はおろか、レギュラーにも定着できていない状況だ。では、「巨人の生え抜き助っ人野手」がタイトルを獲得したのは何シーズン前なのだろうか? 巨人助っ人のタイトルホルダーを調べてみた。
生え抜き助っ人野手のタイトル獲得は32年なし

1989年に首位打者、最高出塁率を獲得したクロマティ
直近で、巨人所属の外国人選手が「打撃タイトル」を獲得したのは2010年。
アレックス・ラミレスが49本塁打、129打点で本塁打王、打点王の2冠を獲得した。しかし、ラミレスは
ヤクルトで活躍した後に、2007年オフに巨人に移籍してきた選手だ。
では、「生え抜き助っ人」ではどうなのかというと、なんと1989年のウォーレン・クロマティ(首位打者、最高出塁率)までさかのぼらないとならない。生え抜き助っ人野手のタイトルホルダーは1989年から32年間も出てないのだ。
とはいえ、そもそも巨人は助っ人野手のタイトルホルダー自体が少ないチーム。2リーグ制となった1950年以降で見た場合、最初に個人タイトルを獲得した生え抜き助っ人は、ハワイ出身の日系選手である
与那嶺要。1954年に首位打者のタイトルに輝いた。また、1956年には同じくハワイ出身の
宮本敏雄が打点王を獲得している。
1957年に与那嶺、宮本がそれぞれ首位打者と打点王を獲得。しかし、これ以降は1989年のクロマティまで生え抜き助っ人野手のタイトルホルダーは出なかった。
ちなみに、「他のチームから移籍してきた助っ人野手」で、タイトルを獲得したのはラミレス以外に
タフィ・ローズしかいない。加入1年目の2004年に、
タイロン・ウッズ(横浜)と並ぶ45本塁打を放ち、最多本塁打のタイトルに輝いた。こうした振り返ってみると、巨人の助っ人野手によるタイトル獲得は珍しいといえる。
投手も生え抜き助っ人のタイトルホルダーは少ない
生え抜き助っ人野手のタイトルホルダーは、1989年のクロマティから32年間も出ていないが、投手ではどうだろうか。同じく過去のタイトル獲得者を調べたところ、直近は2017年で、
マイルズ・マイコラスが最多奪三振のタイトルを獲得している。前年の2016年には
スコット・マシソンがリーグ最多ホールドをマーク。ここ10年で見ると、野手よりも活躍している助っ人は多い。
しかし、マシソンが初めて最優秀中継ぎ投手になった2013年以前を見ると、生え抜き助っ人の投手タイトル獲得は1996年の最多勝投手、
バルビーノ・ガルベスしか該当せず。1リーグ時代でも、
ヴィクトル・スタルヒンしかいない(亡命してきた無国籍選手のため助っ人と定義していいかは謎だが……)。
また、国内の他チームから加入した助っ人でも、
セス・グライシンガー(2008年最多勝)と
マーク・クルーン(2008年最多セーブ)の2選手のみ。巨人で助っ人が活躍すること自体が難しいようだ。
2022年シーズンの巨人は、
アダム・ウォーカーや
マット・アンドリース、
グレゴリー・ポランコと期待の新助っ人を獲得。果たしてクロマティ以来33年ぶりとなる、生え抜き助っ人野手のタイトル獲得が見られるのか、新助っ人の活躍に注目だ。
文=中田ボンベ@dcp 写真=BBM