中日で1998年に新人王、2004年に最優秀選手と沢村賞に輝いた川上憲伸がメジャーに移ったのは2009年。同じ1975年生まれの巨人・上原浩治がオリオールズ入りしたのと同じ年だった。1月13日の入団会見で川上は「遅いカーブとカットボールが僕の中心の球。逃げたら負けてしまうと思う。逃げない気持ちで頑張りたい」と意気込みを語ったものだ。 重要な先発要員の一角も……

ブレーブス時代の川上
ブレーブスと3年総額2300万ドル。2年契約で計1000万ドル+出来高だった上原浩治よりも評価は上だった。それだけブレーブスの期待は大きかった。前年にティム・
ハドソンがトミー・ジョン手術を受けて離脱。先発投手の補強が急務で、FAでデレック・ロウ、トレードでハビエル・バスケスを獲得。川上も重要な先発要員の一角。ボビー・コックス監督は「川上が来てくれてうれしい。1年間、ローテーションを守ってほしい」と口にしていた。
デビュー戦は開幕5試合目、4月11日のナショナルズ戦。先発して1回に四球を足場に1失点。3回には三番のライアン・ジマーマンに2点本塁打を喫した。だが4~6回と安打を許さず無失点。チームは4回にチッパー・
ジョーンズの適時打などでひっくり返し、結局5対3。6回3失点で川上は初登板で初勝利を手にした。幸先のいいスタートを切ったが、そのままうまくはいかない。2試合目から4連敗を喫する。
8試合目となった5月22日のブルージェイズ戦では快投を演じた。リーグを代表するロイ・ハラデーと投げ合い、7回までピンチらしいピンチなし。8回無死二塁とされたが後続を断って8回を3安打無失点。チームは1対0で3勝目を挙げた。
なかなか勝ち星に恵まれず8月終了時点で7勝10敗、防御率3.97。6月にデビューしたトミー・
ハンソンが先発ローテに定着し、9月にはハドソンが復帰したこともあって9月以降はリリーフに回った。1年目は32試合に登板し7勝12敗1セーブ、防御率3.86だった。
2年目は再び先発としてスタートしたがいきなり9連敗。6月26日にシーズン初勝利を挙げた。その後マイナーに降格。1勝10敗、防御率5.15。シーズン後にはメジャー登録40人枠から外され、3年目にはメジャー登板は果たせず。右肩痛に泣かされ、12年は中日に戻ることに。
メジャーでは通算50試合に登板(うち先発41試合)。8勝22敗1セーブ、防御率4.32。右肩の違和感や痛みを抱えて過ごしたアメリカでの3年間だった。
『週刊ベースボール』2021年11月22日号(11月10日発売)より
文=樋口浩一 写真=Getty Images