
名将マドン監督が突然の解任。データ野球の先駆者ながら、その使い過ぎに警笛を鳴らしていたのだが……
ジョー・マドン監督はMLBの歴史に残る進歩的な指揮官であり、2016年にはカブスでヤギの呪いを解き、1908年以来108年ぶりに名門球団を世界一にした。
思い出すのはレイズ時代の14年、トロピカーナ・フィールドの監督室で守備シフトを始めた経緯を聞かせてもらったこと。「90年代半ば、エンゼルスの守備コーチだったころ。当時のテリー・コリンズ監督が一任してくれて、初めてコンピューターを使って、打者の打球がどこに飛んだかなど、膨大なデータを活用しようとした。マリナーズ戦の準備中、ケン・グリフィー・ジュニアが遊撃手の位置にまったくゴロを打っていないことに気づいた。コリンズ監督に野手を一、二塁間にシフトしていいかと聞いたら、よしやろうと。当時アスレチックスにいたマーク・マグワイアについても二塁手を二塁ベースより左に移そうと。とはいえ当時は周りに何をしているのかという目で見られたし、たった一人の作業で時間がかかった。3連戦の1試合目は午後5時からのミーティングに間に合うよう6、7時間ぶっ通しで働いた」
MLBは現在、すっかりアナリティック(データ分析)全盛になっているが、先鞭をつけたのがマドンだった。あれから四半世紀が経過し、マドンは今回の解任後、「ジ・アスレチック」のインタビューでそれが行き過ぎていると批判している。
「私もアナリティックの人間だが、人のノドに突き刺すところまではやらなかった。今はデータに支配され過ぎ。球場に行ってただ楽しんで野球をすることができない。これが人々が以前のようにゲームに入り込めない理由の一つになっている」
この発言について、2つの受け止め方ができると思う。かつての先駆者も68歳で時代についていけなくなっているという見方。反対にマドンの主張どおり、行き過ぎで楽しんで野球ができなくなっているという見方だ。4月15日、印象的な試合があった。対レンジャーズ、4回一死満塁、1点負けている展開でコーリー・シーガーを敬遠。さらに犠牲フライとボークで2対6と4点差になった。
試合後奇策について「大きな失点を防ぐため。プラス、チームに刺激を与えたかった」と説明する。結果的に次の回にエンゼルスは5点を奪い逆転、試合も9対6で勝利を収めた。データの裏付けがないという批判に「数字は数字。あの場面人間的な要素が重要だった」と語った。現在の球界では監督はフロントの提供するデータに基づいて采配を振るう。しかしマドンはそれに抗うかのように長年の経験と勘を使った。
5月10日、新人リード・デトマーズのノーヒットノーラン。今の潮流なら、シーズン序盤だし22歳の新人の体を守ろうと途中降板だろう。そして
大谷翔平に関してもメディカルスタッフの出すデータに頼るのではなく、大谷に「感じはどう?」と聞くことで毎日試合に出し、結果、21年は二刀流の歴史的なシーズンになった。
データは強いチームを作ることに役立っているが、果たしてクレイトン・カーショーが完全試合続行中80球で降板する野球は楽しいのか? 楽しむことが原点では。重要な問いかけだと思う。
文=奥田秀樹 写真=Getty Images