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話のグラウンド

甲子園と一体だった男、藤本治一郎「甲子園の土」/ベースボールマガジン

 

 かつてのベースボールマガジンに『話のグラウンド』という企画があった。脇役の方々が登場する地味ながら興味深いものだ。今回は1964年11月号から甲子園運動場係長、藤本治一郎さんの回を紹介しよう。元巨人千葉茂氏が「甲子園のグラウンドと一体だった男」と言った伝説のグラウンドキーパーだ。

荒れ放題の甲子園


1964年阪神は優勝し、南海と日本シリーズを戦った


 甲子園球場の整備を担当するようになって、かれこれ25年の歳月が流れました。初めて私がトンボを握ったのが15歳。昭和15年でしたから……。

 今では自分の庭を愛するように甲子園のグラウンドに愛着を感じています。靴ならまだしもゲタなどを履いてグラウンドにあがられると、激しい憤りを感じます。

 昭和19年ごろから戦争のために甲子園近辺はずいぶん荒らされました。私も飛行兵として3年ばかり松山のほうに行っておりましたが、大阪近郊が空襲に遭ったと聞くたびに甲子園はどうなったのだろうかと心配したものでした。

 終戦の年、20年に軍隊生活から解除されて帰ってみると、案の定、甲子園は荒れ放題のありさまでした。外野席は焼夷弾に打ち砕かれ、現在雨天練習場になっているところなどは鉄骨が飴のように曲がり、手をつけられないほどでした。満足に使えるところと言えば、正面の事務所、ロビー、2階の風呂場くらいでした。

 戦争中は軍隊の輸送陣が駐屯し、昭和19年には政府献金のため、現在ネット裏を覆う鉄傘が両翼まで伸びていたのですが、それも取り外して、今まで、そして現在の面影はまったくといってないのでした。

 私が帰って初めて球場に足を踏み入れたときなど、グラウンドは芋畑でした。それから間もなく驚くべきことが起こりました。

 まさかと思っていた米軍が占領したのです。トラックが何千台となく到着したと思ったらバタバタッと球場を取り巻き、接収したのです。それから球場に勤める私どもは下男のように働かされたものです。とても仕事どころの話ではありません。

 整備に取り掛かったのは20年末、甲陽中学(甲陽高)の生徒を頼んだりして、ようやくグラウンドの面影を取り戻して、23年には完全とはいかなくても復活しておりました。

グラウンドの強敵は雨です


 グラウンドの強敵はなんといっても雨です。雨の場合は砂を敷くことができません。多量の砂を入れて試合をするのはいいのですが、翌日晴れたときなどグラウンドは砂原と化してしまいます。雨のために土と砂が分化されてしまうからです。

 また、グラウンドは水が生命です。土に水分がないといけませんし、多過ぎても困りものです。ゲームがシングルの場合など、いつもコンディションをよく整えておくことができます。4時ごろ水を打っておれば、試合開始の7時ごろから終了まで文句を言わせなくてもいい状態にしておけます。

 ダブルの場合、午後1時に1回、3時に2回目を打っておくと、まあまあの状態です。しかし、この散水なども高度の技術が必要です。その日の天気、温度によって違いますし、もう一つむらなく打つ、これが絶対の条件です。

 その点、一番困るのは高校野球です。春は雨、夏は日照り、それもナイターではありませんので、コンディションの持っていき方が違って、とても難しくなります。

 大事な試合にボコボコなグラウンド状態で負けたとなれば、私たちも責任を感じないわけにはいきません。それでも文句を言わない若い人たちをかわいそうだと思うほかすべがないのです。

 それでも勝ったチーム、負けたチームがグラウンドの砂をすくって袋の中に入れて、ニコニコしながら去っていくのを見ると、自分のことのようにうれしくなるものです。

 甲子園にいる私たち整備員はほかの球場の方たちより少しばかり違った作業をします。ナイターの始まる春はグラウンドをいくぶんか白く──、白くというのは黒土に砂を多く混ぜるということです。そして高校野球の春、夏の大会には黒くせねばいけません。砂を少なくし、黒土をより多く入れることです。

 黒く、白くといっても口でいうほど簡単ではありません。トラック何台分という砂土を混ぜるのですから、お察しいただけると思います。

 文句といえば、プロの選手はイレギュラーなどで球をそらすと、ずいぶんとお小言を頂戴しますし、球場関係者、球団社長などからも言われます。万全の態勢にしていても、やはり落としはあるものです。

 グラウンドというものは手を入れれば入れるほどよくなりますし、カネをかければ相応のものができます。しかし、これで十分ということはないものなのです。
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