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中西太、優しき怪童

『中西太、優しき怪童 西鉄ライオンズ最強打者の真実』/12中西が珍しく憤った。「野球をやれる状態でありながら野球をやらずにじっとしておれる男かどうか、ファンが一番よく知っているはずなのに」

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中西太、優しき怪童』表紙


狂った歯車、さらなる悪循環の始まり


 昨年2023年に亡くなられた元西鉄ライオンズの中西太さん。このたび怪童と呼ばれた中西さんの伝説、そして知られざる素顔を綴る一冊が発売されました。

 書籍化の際の新たなる取材者は吉田義男さん、米田哲也さん、権藤博さん、王貞治さん、辻恭彦さん、若松勉さん、真弓明信さん、新井宏昌さん、香坂英典さん、栗山英樹さん、大久保博元さん、田口壮さん、岩村明憲さんです。

 今回は再び1960年、腱鞘炎との闘いの始まりです(一部略)。

 一度狂った歯車は簡単には元には戻らず、さらなる悪循環を生み出す。

 1960年、西鉄はこれまでの長崎県島原ではなく、平和台球場で春季キャンプを行うことになった。オフの間に体を絞り、8キロ以上の減量をして現れた中西は「張り切ってますね」と記者に言われると「給料をまた下げられては食えんようになるからな」といつもの中西節。動きは軽く、表情も明るかった。

 ただ、福岡の2月はまだ寒い。巻き返しに向け、連日たっぷり時間を掛けてピッチングマシンを打ち込んだ中西だが、朝から冷え込み、小雪が舞っていた日、「内角のボールに差し込まれて詰まったんだ。そのとき左手首がギクッとした」という。ただ、「1週間もすれば治るだろう」と周囲には言わず、ひそかに痛み止めの注射やハリを打つなどしていた。

 しかし、痛みがなかなか引かず、3月1日に平和台であった大下の引退試合に参加したあと、チームを離れ、別府の帯刀電気治療所に通うことにした。治療は1週間ほどで終わり、15日にはチームに合流したが、翌日、みぞれが降る肌寒いなかで打撃練習をすると、また激しい痛みが走る。

 同年から主将になったこともあり、以後もオープン戦には同行。試合には出ず、ランナーコーチなどをしていたが、久しぶりに出場した中日戦(多治見)で空振りした際、左手首にこれまでに経験のない激痛を覚え、バットを握ることもできなくなった。福岡に戻り病院に行くと、医師が告げた診断は左手首腱鞘炎だった。

「小指を動かすと痛いんだ。自分はバットを握るとき、長めに持とうとしてバットのたんこぶ(グリップ)に小指を掛ける独特の握り方をする。長年のクセなので、そういうことも響いているかもしれないな」

 中西はなんとか開幕には間に合わせたいと、いいと言われる治療はすべてやった。病院だけではない。電気治療、温泉治療、さらには根拠の分からぬ民間療法まですべて試した。試合には出ないが、その後もオープン戦の遠征には同行していたので、その場所その場所で紹介された治療をすべて受けた。

「心配してくださる方も多く、いろいろな治療法を教えてくれたり、薬を送っていただいたりしました。彼岸花の球根をすりつぶしたものを塗るといいと、山ほど球根が送られてきたことがあってびっくりしました」(敏子夫人)

 それでもまったく回復せず、開幕から欠場。同年、西鉄は中西不在に加え、エース・稲尾和久の肩痛もあって4月は最下位スタートとなった。

 中西不在の打線を支えたのは、自身も腰痛を抱えていた豊田泰光だ。気性の荒い選手だけに、「みんなだらしなさ過ぎる。もっとファイトを燃やさんといかん」と事あるごとにほかの選手に言い放ち、川崎徳次監督と衝突することもあった。

 中西は常時ベンチ入りしていたが、「いつ出場できるか見当もつかん。悪くすれば今年いっぱいは無理かもしれん」とつらそうに話していた。豊田のげきを自身に向けたもののように感じていたかもしれないし、豊田にも、その思いはあったはずだ。

 5月17日の近鉄戦(日生)で初めて代打として出場も凡退。とても試合に出られる状態ではないと判断し、チームを離脱し、治療に専念することにした。

 川崎監督に主将返上を申し出たが、「まずは戻ることを考えてくれ」と言われた。骨折のような分かりやすいケガではないこともあり、「本当はプレーできるのではないか。大洋に移籍する準備で休んでいるのはないか」という声がマスコミだけでなく、チーム内、さらにファンからもあった。

 それを知り、珍しく中西が憤った。

「この俺が野球をやれる状態でありながら野球をやらずにじっとしておれる男かどうか、ファンが一番よく知っているはずなのに」

 どんなときもユーモアがあり、何を言われても気にしない泰然自若な雰囲気があったが、芯の部分は少年時代と変わらず繊細だった。

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