別格の存在感

来日1年目、原[左]とのツーショット
巨人戦のテレビ中継が黄金期を迎えた1980年代。65年からのV9から少し時間が経ち、
長嶋茂雄や
王貞治らがバットを置いて、打線は
原辰徳を主砲に、大きく若返っていた。そんな1983年に入団したのが38歳、メジャー歴戦の
レジー・スミス。メジャー通算314本塁打の大物だが、2012年の『助っ人外国人大図鑑』(ベースボール・マガジン社)で行われたインタビューで、「そのチーム(巨人)で2年間プレーできたことは、とても誇りに思うよ」と振り返っている。
原だけでなく、
中畑清、
篠塚利夫(のち和典)、
松本匡史ら、巨人の打線は若い輝きにあふれていた。そんな打線で、
スミスの放つ貫録は別格。長打力を秘めたスイッチヒッターの存在は、全盛期を過ぎていたとはいえ、いや、それだからこそかもしれないが、打線に独特の迫力をもたらしていた。ヘルメットからはみだしたアフロヘアも印象的だ。身長182センチと助っ人としては大柄なほうではないものの、その存在感、インパクトで、ひときわ大きく見えていた気がする。
1年目は主に五番打者として、その前を打つ原を存在感でもバックアップ。最終的には102試合の出場で263打数75安打と、物足りない数字に見えるかもしれないが、75安打のうち28本が本塁打だ。巨人も2年ぶりリーグ優勝を飾ったが、勝てば優勝が決まる10月11日の
ヤクルト戦(後楽園)では3本塁打を放って、ますます印象を強烈にしている。
契約を延長して臨んだ2年目には同じ外野手として、最終的には巨人の助っ人で最多の171本塁打、558打点を残すことになる
ウォーレン・クロマティが加入。過激なパフォーマンスなど、やんちゃなキャラクターに賛否も大きかったクロマティだが、スミスには頭が上がらなかったという。ただ、スミスは序盤の故障からアクシデントが続いて、満足な数字を残せず。それでも84試合、231打数59安打で、そのうち17本を本塁打にしている。
そのオフに退団。現役を引退した。スミスが「誇りに思う」と振り返る2年間は、通算45本塁打と、数字のインパクトは決して大きなものではない。ただ、それ以上の印象を残した助っ人だった。
写真=BBM