指揮官と何度も対話を重ねて

7年目を迎えた伊藤
雨が降りしきる中、勝ち越しの三塁打を放った
楽天の
伊藤裕季也には熱いものが込み上げていた。
「泣いてないです。雨です」。
5月30日の
ソフトバンク戦(楽天モバイル)に六番・ファーストでスタメン出場した伊藤。しかし、第1打席に満塁の好機でダブルプレーに倒れると、第2打席、第3打席も凡退していた。そして迎えた同点の7回二死二塁。
「ファームから上がってきて『やってやろう』ってところで凡退が続いて。4打席目は正直、代打が送られるかなと思っていました」
だが、
三木肇監督は伊藤を送り出した。2ボール2ストライクから引っ張った打球はレフトのグラブをすり抜け二塁走者は生還。打った伊藤も全速力で二塁ベースを蹴るとヘッドスライディングで三塁にたどり着いた。「とにかく気持ちで打ちました」。ベース上で激しくガッツポーズをすると、目元をぬぐった。
「監督が打席に立たせてくれた。感謝の気持ちはもちろん、でも本当に打てるのかなとちょっとネガティブな感情もありながら打席に入って、打つことができて、いろいろな感情が出てきました」
今季は開幕スタメンをつかんだものの徐々にバットが湿り、5月19日に登録を抹消され、この日再昇格を果たしたばかりだった。なんとしても結果を残したい。その思いをすべてぶつけた。
「うれしい気持ちもありましたが、すごいほっとした気持ちもあって。ファームに落ちた時も悔しかったし、苦しかったので」。
昨季まで二軍監督を務めていた三木監督とは、何度も対話を重ねている。二軍の試合での伊藤を見ていて感じたことはもちろん、一軍で結果を出せず降格となったとき、迷い苦しむ伊藤に声を掛け続けてきた。今シーズンが始まる前、一軍に居続けるには何が必要か、何をすべきかを考えていた伊藤が思い出したのは指揮官からの言葉だったそう。
「技術はもちろんですが、長いシーズンを考えると気持ちの面もすごく大事だなと感じたんです。三木さんが去年話してくれたことを一つひとつ思い返して、あらためてその重要性に気付きました」
四番でも泥臭いプレースタイル
その言葉はベンチでも伊藤の背中を押した。6月12日の
中日戦(楽天モバイル)では今季初の四番に座るも、1打席目、2打席目は得点圏にランナーがいる状況で凡退。しかし巡ってきた第3打席で相手先発・
三浦瑞樹のスライダーを左翼へ叩き込み、今季1号となるソロ本塁打を放った。
「今までの僕だったら『またあかんかった』ってズルズルいっていたかもしれません。でもそこも三木さんに言われていたことだったので。『前の打席がダメでも、次の打席でなんとか1本出したり、ヒットじゃなくてもなんとかフォアボールを取ったりする姿勢というのかな。ダメな日にダメになりっぱなしで終わらないことが大事なんじゃないか』と」
ベンチでその言葉を思い出し、前を向いた。
「あのとき、このまま引きずらないようにと切り替えられたのも、その言葉を思い出したからです。すごく大きかったですし、これまで多くの言葉をかけていただきましたが、三木さんの言葉は、今年の自分にすごく影響を与えているように感じます」。
6月14日の練習中、「試合の入り方を見直したらどうだ?」と声を掛けられた。第3打席や第4打席ではヒットが出ているがその前の打席で凡退してしまう伊藤に、試合につなげるために打撃練習の入り方から意識を変えてみてはどうかと提案されたという。
「それがうまくいくかは分からないですけど、現状を変えるには何かを変えないといけないですから」

6月15日の阪神戦では4回、ヘッドスライディングで本塁生還を果たした
その日の阪神戦(楽天モバイル)では無安打に終わるも、翌日の同戦では4回の第2打席で左翼への二塁打を放った。すると直後の
ゴンザレスの右前打に迷わず三塁を蹴りヘッドスライディング。泥臭い四番が貴重な先制点をもぎ取った。
今季の楽天は日替わり打線。それでも四番に指名したのは三木監督からの期待の表れだ。難しさも気負いもある。だがスタメンでも代打でも与えられた場所で全力を尽くすことだけを考えている。
「浅村(栄斗)さんの四番とは役割が違いますから。打順が変わるからと言って僕の役割が変わるわけではない。バントもあるだろうしエンドランもサインプレーも絶対にあると思うので」。
プロ7年目。チームでは中堅選手となったが、ベンチでも練習中も大きな声でもり立てる。グラウンドに立てば貪欲に結果を求め、自分にできることを考え、必死に走る。それが背番号39の信念。チームの勝利のため、そして監督への恩返しの思いを胸に、全力でバットを振る。まぶしい笑顔でユニフォームを真っ黒にしながら。
文=阿部ちはる 写真=BBM