チーム本塁打王&打点王も……

メジャー通算241本塁打の実績を引っ提げて巨人に入団したバーフィールドだったが……
1993年。サッカーのJリーグが始まったシーズンだ。一方のプロ野球では、巨人に
長嶋茂雄監督が復帰。前年のドラフト会議では
松井秀喜をクジで引き当てたが、当時の長嶋監督の背中には、巨人だけでなく、プロ野球の巻き返しも託されていたのかもしれない。松井の獲得が類例のない物語を紡いでいくのは、この数日、各方面で振り返られているとおりだが、当時は高卒1年目。新たな戦力として長嶋監督が現役時代に強い憧れを抱いていたメジャーから獲得したのが、
ジェシー・バーフィールドだった。
86年にブルージェイズで本塁打王。その86年の日米野球での活躍でも印象を残した。90年の日米野球でも来日。そして93年、ついにメジャー通算241本塁打の長距離砲が巨人のユニフォームに袖を通したわけだ。だが、2019年のベースボールマガジン4月号で、巨人ひと筋でエースとして活躍した
堀内恒夫は「昔は欠点を持った選手か、終わった選手ばかりだった。終わってから、ちょっと出稼ぎしようかな、くらいの感覚だからね」と手厳しく振り返っている。
バーフィールドの「欠点」は右手首の故障。手術したばかりで、打撃では変化球にも苦しめられて「終わった選手」、少なくとも規格外のパワーで本塁打を量産する助っ人、という期待を裏切る結果となる。104試合の出場で74安打。このうち26本は本塁打とパワーが残っていたことは確かで、53打点も93年の巨人ではチーム最多だったが、打率.215は規定打席に到達した打者の中でワースト。127三振もリーグ最多で、オフには退団、帰国している。
いわゆる「残念な助っ人」にカテゴライズされてしまうこともあるバーフィールドだが、意地を見せたのは守備。手首の故障を感じさせない強肩からの送球は当時のプロ野球では別次元のもので、東京ドームのファンを大いに沸かせた。ちなみに、巨人の「バーフィールド」は、このジェシーで2人目。長嶋監督の第1期、79年にいたのがデニス・バーフィールドで、長嶋監督も素質には太鼓判を押していたが、いわゆる「第3の外国人」に終わり、一軍出場はかなわなかった。
写真=BBM