飛田穂洲氏の魂

水戸一高の主将・大沢は「学生野球の父」と呼ばれた飛田穂洲氏の胸像の横で、夏の茨城大会へ気持ちを新たにした[写真=BBM]
甲子園出場をかけた茨城大会は7月5日に開幕する。1954年夏以来の聖地を目指す水戸一高は、春1回、夏2回の全国出場経験がある鉾田一高との1回戦(同6日)を控える。2020年秋から母校を指揮する木村優介監督は「鉾田一高さんは伝統校。意地と意地のぶつかり合いになる。私たちに失うものはありません。全力で目の前の一戦に集中する」と意気込む。
今年は昭和元年(1926年)から数えて100年。「昭和の学生野球」を振り返る上で、水戸一高の前身である水戸中出身の飛田穂洲氏(1960年野球殿堂入り)は、多大な功績を残してきた。水戸中から早大へ進学し、卒業後は新聞記者、その後は早大初代監督を務めた。退任後は新聞記者として健筆をふるい、学生野球の発展に貢献し「学生野球の父」と呼ばれた。飛田氏は白球を通じ、社会に生きる教え「一球入魂」を提唱した。厳しい練習の中から強い心と体を形成し、世の中で立派に活躍する人材を育成。結果以上に充実した過程(練習)が、肥やしになる。飛田氏の魂は、世代を超え支持されてきた。木村監督は言う。
「今、こうして野球がやれているのは、飛田先生が戦時中も軍部や文部省の野球弾圧に屈せず、野球を守り抜いたからだと思います。(学生野球の)創始者の功績の下で野球ができる現実を、ことあるたびに感謝しています」
木村監督が「気持ちだけではダメ。方法論だけではダメ。双方のバランスが取れている」と、高く評価するのは主将・大沢凛太郎(3年)だ。旧チームから三塁のレギュラーで、1年秋は県大会4強。文武両道が評価され、センバツ21世紀枠の茨城県推薦校を経て、関東・東京地区の推薦校に選ばれた。最終的に全国9地区の候補校から選出2校には入れなかったが「良い経験になりました。冬場は士気を高めて、甲子園をより身近に意識した練習ができました」と、プラス効果を語る。
一方で、昨夏は茨城大会3回戦敗退と、あらためて勝負の厳しさを味わった。
「前年秋4強で、翌年春も4強。シード校で迎えた昨夏の大会は『追われる身』と言いますか、自分たちは意識していなくても、これまでとは違うプレッシャーがあったかもしれません。昨秋、今春は初戦敗退。今夏はチャレンジャー精神で、失うものはありません」
センバツ21世紀枠の地区推薦校を機に、以降は「甲子園レベル」を意識して練習に励んでいる。昨秋には全国大会常連の仙台育英高(宮城)と練習試合で対戦し「球際の強さ」に加えて、春・夏の甲子園大会で求められる「スピード感」を勉強する貴重な場になった。
学校生活・日常生活にもつながる精神
大沢主将は中学時代に栃木下野シニアでプレーした。なぜ、水戸一高に進学したのか。
「チームメートには作新学院(栃木)、東海大相模(神奈川)、盛岡大付(岩手)に進む同期もいましたが、水戸一高の試合を見て『良い野球をやっている』と惹かれたんです。県内トップの進学校でもあり、高い次元での文武両道を追求するため、志望しました」
チームスローガンは毎年、不変の「一球入魂」。大沢主将はこの四文字をどう理解しているか。
「言葉のとおり、一球に魂を込める。一球の質を高めるのと同時に、量にもこだわっています。県立高校で練習時間が限られる中で、どう一球をつくり出していくか。タイムマネジメントが大事になっていきます。練習における準備、休息もすべて管理。限られた時間を1分、1秒でも削り出すために、授業後は猛ダッシュで部室に行って着替え、練習の準備を始める。一球を増やす努力をしてきました」
ただ、そこで大事になってくるのが「効率だけを求め過ぎてもいけない」と明かすバランス感覚だ。大沢主将は例を挙げて説明する。
「部員が32人(女子マネジャー4人、データ班2人を含む)いるんですが、例えばバント練習を2人一組で13ペアをつくれば、多くの本数を消化することができる。でも、自分は昭和的な考えなんですが、31人が見ているプレッシャーの中で、1カ所でやったほうが、成長が見込めると思っているんです。一球にかける執念。試合は一球で変わることをこの2年間、何度も味わってきました。逆の考え方をすれば、一球でゲームの流れの変える勇気、自信を持ってプレーすることが必要になってくる」
グラウンドだけでなく「一球入魂」は、学校生活・日常生活にもつながる精神だ。通学時間、休み時間、帰宅後の過ごし方。全員に平等に与えられた1日24時間を、いかに意識的に過ごすか。野球以外の取り組みも、一つひとつ丁寧に向き合うことを、実践してきた。
「木村監督からは常日頃から『一瞬の気づきを大事にしよう!』と言われています。広い視野を持つことの大切さ。弱点を一つひとつつぶす作業を繰り返しています」(大沢主将)
選考漏れを境に変わった心境
水戸一高の敷地内には飛田氏と、飛田氏から薫陶を受けた石井連藏氏(元早大監督)の胸像が並んでいる。週3回の清掃。グラウンドまでの通路にあり、通り過ぎる際は一礼。心身を落ち着かせてから、練習に入っている。夏への準備は整ったが、開幕1週間前、木村監督は3年生を注意した。「一球入魂」は出さずとも、基本精神を改めて説明したのだ。
「一人よがりと言いますか、自分中心的な考えになっていたんです。それではチームは機能しません。最上級生13人が、2年生11人、1年生8人をいかに支えていけるか。それが、水戸一高の伝統として後輩たちに残るんです」
一球に対して、全員が魂を込めなければ、戦いに挑む資格はない。木村監督は続ける。
「ウチの場合、場所(他部と共用のグラウンド)、時間(平日は学校授業後の夕方2〜3時間程度)に制限がある中で1球、1日、1分、1秒にこだわる。私たちが生きる道は、そこしかありませんので……。最善の準備を突き詰めていけば、野球の勝負強さにつながる。今後の人生を見据えても、時間の使い方は大切になってきます。飛田先生から伝わる『一球入魂』の精神を大事にしています」
木村監督が飛田氏を「尊敬し、大事にする」という思い。昨年1月26日、選抜選考委員会における21世紀枠での選考漏れを境に、その心境は大きく変わった。
「(選考前の段階で)飛田先生に守ってもらえるという、どこかに安堵感があったんです。飛田先生の功績を大事にしながらも、頼りすぎ、すがっていたのかもしれません。21世紀枠での落選を経て、生徒たちからは『(甲子園は)勝って行かないといけない場所』との声が聞かれました。私自身、その言葉で気づかされたんです。もっと自分たちがしっかりしないといけない。時代の流れに合わせて、水戸一高の古き良き文化を継承しながら、新しい伝統を築き上げないといけないと思いました。精神野球、根性論だけではダメ。方法論だけでもダメ。人間教育としての高校野球の基本的な姿勢は変わらない。目標を達成するために、日々努力していくのが醍醐味です」
今夏は「二番・二塁」が予定される大沢主将は最後の夏を前に、力を込めた。
「まずは、1回戦を取る。目標は甲子園ですが、目の前の一戦一戦を勝ち上がり、常日頃から応援してくださる地域の方々、学校関係者、水府倶楽部(OB会)、三の丸倶楽部(後援会)、保護者等に喜んでいただけるような全力プレーを見せていきたいと思います」
練習中、絶え間なく指示を出し続ける大沢主将の声は、ややかすれている。チームリーダーの勲章だ。プレーヤーとしては、この夏が最後。大学での野球継続を希望しているが、選手ではなく、マネジャーか学生コーチへの転身を考えている。常に人のために汗をかいてきたチームリーダー。伝統校・水戸一高で「一球入魂」がたたき込まれた大沢は、人の気持ちを理解できる最高の裏方になるはずだ。
文=岡本朋祐