悔し涙を流して

夏の甲子園の先導は大体大浪商・安田主将が務めた[写真=田中慎一郎]
【第107回全国高等学校野球選手権大会】
8月5日 開会式
阪神甲子園球場
16時開始の開会式。初の夕方開催で先導を務めたのは大体大浪商・安田智樹主将(3年)だった。戦後復活となった1946年夏の第28回大会で大体大浪商の前身・浪華商が優勝。今年は戦後80年の節目の年で、平和への願いを込めて選出された背景がある。
キビキビとした先導役だった。出場49校の先頭を歩き、開会式がグッと引き締まった。
「平和への願い、野球ができる喜び、今までの感謝を込めました。あこがれの地を踏みしめることができ、率直にうれしかったです。大役を務め上げることができました」
感激と無念。感情が入り乱れたという。
「スタンドからの拍手や『ガンバレ!!』という歓声を受けると、浪商として出場したかった……。99人のメンバーとこの甲子園で戦いたかったという思いがこみ上げ、悔し涙を流してしまいました」
大体大浪商は春19回(優勝2回、準優勝3回)、夏13回(優勝2回)の出場を誇る大阪の名門校だ。夏の選手権は
牛島和彦-
香川伸行のバッテリーで出場した1979年、春のセンバツは2002年を最後に全国舞台から遠ざかる。主将・安田がけん引するチームはこの1年「古豪復活」をテーマに掲げてきた。しかし、勝負の世界は厳しい。大体大浪商は今夏、大阪大会3回戦で近大付に敗退した(1対2)。背番号13を着け、一塁手の控えだった安田は「周りを客観的に見る力がある」と、ベンチワークで献身的に動いた。
「一球に対する声、一球の大切さ。練習から雰囲気を作っていくスタイルを、後輩たちには残せたと思っています。次につなげて、さらに新たな取り組みも加味し、再び、甲子園で浪商をとどろかせてほしいと思います」
野球は高校で一区切り、と決めている。卒業後は大阪で就職する。岡山出身であり「母一人で育ててもらった。甲子園出場で恩返しをしたかったんですが……」と、今後は社会人として、親孝行していきたいと考えている。
夏の甲子園で先導を経験し、仲間に一番、伝えたいことは何か。
「ここには、夢がある。
大勢の観衆の中でプレーすることは、成長の場になる。高校を卒業してからは浪商のOBとして、後輩たちを全力で応援していきたいと思います」
久しぶりに「NAMISHO」の名が、夏の甲子園に刻まれた。強かった当時と変わらない帽子のマークを見たオールドファンは、心躍らされたはずだ。「古豪復活」の機運が高まる、貴重な機会となった。安田は多くの学びを得て母校へ戻り「甲子園」を伝えていく。
文=岡本朋祐