「全早稲田戦」の運営に携わって

六日町高・若井監督は熱血指導で母校を率いている。地元では六高[ろっこう]と親しまれている[写真=BBM]
【全早稲田戦】
8月9日 ベーマガスタジアム
今年で3回目を迎えた「全早稲田戦」(現役学生チームとOB社会人チーム・稲門倶楽部との親睦試合)を翌日に控えた8月8日、南魚沼市内のホテルでレセプションパーティが行われた。冒頭では生前に野球部を愛し、尽力した稲門倶楽部・望月博前会長、稲門倶楽部・
徳武定祐氏、南魚沼稲門会・中嶋成夫前会長と、昨年逝去した故人に1分間の黙祷をささげた。地元出身の中嶋前会長は昨年のレセプションパーティに、体調が優れない中でも出席。早大・
小宮山悟監督以下、現役学生に熱血エールを送る姿が印象的であった。
小宮山監督は思い出を語る。
「キャンプ1年目(2022年)、ベーマガスタジアムのスタンド上段にあるブースで『よく来てくれた』と、独特のダミ声で喜んでいただいたのが昨日のようです。ご家族によると早稲田大学野球部と六日町高校野球部が大好きだったそうで中嶋さんから『頼むよ』と言われれば、先輩の力になるのであれば、できる限りのことをさせていただきました。今後も続いていきます」

六日町高は8月9日の全早稲田戦の運営に携わり、試合も観戦。質の高いプレーの一つひとつが学びになった。写真は6回裏の本塁クロスプレー。捕手はJR東日本・栗田勇雅、走者は早大・石郷岡大成[写真=矢野寿明]
六日町高校の野球部員は全早稲田戦に毎年、スタッフとして参加。駐車場の誘導係のほか、ファウルボール回収、グラウンド整備のほか、試合運営に大きく携わっている。そして、合宿期間中には合同練習を開催している。この4年で、成果は確実に出ている。23年秋、24年春、秋、25年春、夏に県大会8強入り。同校は1995年夏の甲子園に出場しているが、悲願の復活出場へ、地元の機運は高まっている。身近でキャンプを張っている早稲田大学野球部の影響力が大きかったのは、言うまでもない。
試合当日の8月9日、早大のシートノックを見つめる六日町高・若井聡監督は言う。
「早稲田の選手は基本に忠実。私たち指導者が日々、生徒に指導している基本的な動きを、目の前で実践している。キャッチボールは相手の胸に投げ、ノックでは正面で捕球して、ワンステップしてから送球する。派手なプレーはありません。代々、先輩から継承された『早稲田の野球』ができている。合同練習では一緒にメニューに入らせていただき、すべての動きが勉強になります。技術練習以外の取り組む姿勢、すべての所作が高校生のお手本になっています」
若井監督は六日町高時代に捕手で、主将を務めた順天堂大では三塁を守った。大学卒業後は地元に保健体育科の教員として戻り、糸魚川商工高で5年、三条東高で10年、十日町高で8年、六日町高で8年、長岡高で7年の監督を務めた。定年となった60歳以降、再任用(25年は常勤講師)で母校・六日町高に戻り5年目。教員生活43年、来年3月で退職することが決まっており、公式戦でのさい配はこの秋が最後になる。
「ベスト8の壁を乗り越えたい」
三条東高では部員12人(うち2人は大会限定の助っ人)で、1992年秋に県4強で北信越大会出場。十日町高では2001年夏の甲子園出場へ導いた。昭和、平成、令和の時代に合わせて、生徒と向き合ってきた。
「昭和から平成の中盤までは一つの型に添った指導法でしたが、平成の終盤からは、型を破って、型から出る。不易流行という言葉がよく使われてきましたが、令和に入り、コロナ禍、働き方改革により、教育現場も変化しています。型を離れ、新たな型を生む。しかしながら、本質から離れると、生徒の人生を狂わせてしまう。野球は小論文で構成され、経済学にも結びつく競技だと思っています。挨拶、掃除、授業態度、廊下の歩き方……。頭で理解させ、潜在的なところから野球に落とし込んでいく」
平日は16時過ぎから練習を開始し、18時45分までには学校から出ないといけない。グラウンドは野球部に優遇されているが、サッカー、陸上と共用。ごく一般的な公立校で、環境が整備された私学強豪校と比べて、ハンディを上げればキリがない。
「前回、六日町を指導していた際は3学年で部員80人ほどいましたが、今年で言えば、3年生6人、2年生17人、1年生9人。子どもの数は減っていますが、早稲田大学野球部さんからのご指導もあり、少ないながらも選手個々の質が上がっています」
24年にセンバツ21世紀枠の県推薦に入ったことにより、現2年生の部員増につながり、一時の合同チーム編成の危機を脱した。そして、県8強に安定的に勝ち上がった。
「地元にベーマガスタジアムという拠点があり、早稲田大学さんをはじめ、招待野球も開催していただけるようになり、花咲徳栄さん、常総学院さんらとの対戦を重ねることで、県内の強豪チームに名前負けすることはなくなりました。ただし、上位では自分たちのやるべきことができていないのが課題。生徒、保護者、町の人もベスト8は心地良いんです。そこから先、3つを勝つのが大変。ここ最近は『満足できない』という空気が充満しています。この秋は、そこから先を目指していきたいです」
六日町高は今夏のメンバーからバッテリーなど中心選手が残り、秋の新チームも十分、県上位で勝負できる実力にある。昨春から完全移行された低反発の金属バットも、パワーよりも緻密な野球を目指す公立校にとっては追い風となっている。
「春・夏の甲子園大会を見ていても、かつての強打のチームの大量得点は難しくなっています。ただ、バットの芯に当たれば、飛距離は出ます。ところが、以前は力で飛ばせていたバットの先や根っこでは打球は飛ばない。外野手の守備位置には細心の注意を払い、そこで判断を見誤ると大変です」
秋の県大会抽選会は、8月29日である。
「十日町高校が夏の甲子園に出場してから24年になります。新潟で公立校の夏の甲子園出場は2008年の新潟県央工が最後(センバツは11年の佐渡が21世紀枠で出場したのが最後)。公立校が10年に1度ぐらいは準決勝、決勝に進出して、私立を刺激しないと……。数年前までは明らかにボールのスピードが違っていましたが、最近は力の差は縮まってきている実感はあります。南魚沼の子どもたちは本番になると、ガチガチになる傾向があるんです(苦笑)。この秋の展開もまったく読めませんが、持っている力を引き出せるように指導し、目の前の一戦一戦に全力を尽くし、ベスト8の壁を乗り越えていきたいと思っています。それが、早稲田大学野球部さんへの恩返しにもなります」(若井監督)
地元では六高(ろっこう)として親しまれている六日町高。母校を愛する中嶋先輩も、天国から戦況を見守っているはずだ。そして、後輩が早大を目指すことを願っている。
文=岡本朋祐