兄に励まされながら

8回裏一死一塁で先発・新垣有[背番号10]から左腕・末吉にスイッチ。背番号1を着けるエースは2点リードを守り切った[写真=牛島寿人]
【第107回全国高等学校野球選手権大会】
8月23日 決勝
阪神甲子園球場
沖縄尚学[沖縄]3-1日大三[西東京]
耳を澄ませば、やっと聞き取れるような小さな声で、沖縄尚学の新垣有絃(2年)は言う。
「中学校に入ってから投げ始めました……」
8回途中まで投げた日大三との決勝でも異彩を放ち、新垣有の真骨頂とも言えるスライダーについてたずねたときのことだ。その背中を見つめながら守る沖縄尚学の二塁手・比嘉大登(3年)は、新垣有のスライダーをこう評する。
「頼りになる2年生ピッチャーです。スライダーは変化量が多くて異次元なぐらいに曲がる。紅白戦とかで対戦しても、僕はぜんぜん打てないんです」
新垣有は言葉数が少ない。一つ年上の一塁手で実兄の新垣瑞稀(3年)は、甲子園で躍動する弟をこう見ていた。
「ここ(甲子園)へ来て成長してくれて頼もしい。小さい時から普段はおとなしいんですけど、マウンドでは性格が変わったように投げてくれる。大舞台でも楽しく投げられたんじゃないですかね」
ヒットを打たれても切り替えていけよ。楽にいけよ。決勝戦でも、兄の言葉に弟・有絃は励まされながら快投を演じた。
甲子園のど真ん中で胴上げ投手
その右腕に負けじと、決勝戦では8回裏二死一塁の場面で登板したのが背番号1の
末吉良丞だ。新垣有が「ライバルですけど、頼れるエース」と、その時ばかりはいつもより確かな口調で言ったように、2年生左腕はピンチを脱した。
9回裏は四球と自らの失策で一死一、三塁とピンチを招いたが、最後は後続を併殺に打ち取って歓喜の瞬間をマウンドで迎えた。末吉は「高校入学前から甲子園で日本一になるマウンドに立っている姿をイメージしていた」と言うのだが、決勝を迎えて「これまでに経験したことがないぐらいの疲労感があった」と吐露する。それでも、最後はエースの意地を見せた。成長を続ける新垣有の台頭に、末吉はエースとしての危機感を抱いていた。
「ユイトは、1年生の時は球速が130キロ台前半だったんですが、秋の九州大会が終わった後に一気に球速が10数キロ増えたんです。その急成長を目の当たりにして『やばい』と思っていました」
エースナンバーを失うかもしれない。少しだけ弱気な一面が顔をのぞかせた時期があった。だが、今夏の末吉はその不安を自らの手で振り払った。金足農との1回戦で完封勝利を手にすると、仙台育英との3回戦では11イニングスを投げ抜いて完投勝利。6試合すべてで登板して、投球イニングを上回る39三振を奪った。そして、甲子園のど真ん中で胴上げ投手となった。
末吉は、新垣有がいなければ「今の自分」はないと言う。
「ユイトのおかげで練習への取り組みが変わった。彼には感謝しかないです」
末吉と新垣有。二人の2年生投手が中心となり、沖縄尚学は初の全国制覇を成し遂げた。
「それは自信になりましたし、これからも僕らで上を目指していきたい」と新垣有が言えば、末吉もまた新たな目標を口にする。
「一大会を通じて球数が増える中での体力は大事になってくると思うので、また一から体力作りをしたい」
この夏、丸太のような太ももで甲子園の土を踏みしめた末吉は、すでに来夏へ視線を送る。
文=佐々木亨