社会人12年目の左腕

TDKの補強選手として出場したトヨタ自動車東日本の左腕・中里。1回戦での登板機会なく、チームも初戦敗退を喫した[写真=矢野寿明]
【第96回都市対抗野球大会】
8月30日 1回戦 東京ドーム
鷺宮製作所(東京都)5-4TDK(にかほ市)
今年で30歳となった左腕の社会人野球でのキャリアは、ずいぶんと長くなった。左腕・中里優介が、創部3年目のトヨタ自動車東日本(岩手・金ケ崎町)に入社したのは2014年のことだ。前年13年の夏、背番号11ながらも花巻東高(岩手)の実質的な主戦投手だった中里は、ベスト4に進出した甲子園で輝いていた。
大谷翔平(ドジャース)の1学年下で、今や「世界の人」となった右腕も立った強豪校のマウンドを、彼もまた担っていた。
驚くようなスピードはない。ただ、力感のない投球フォームから、いわゆる「キレ」を感じるボール、そして見た目以上に「強い」と評される球質で打ち取り、気づけば試合を作っている。高校時代からの印象を残したまま、中里は社会人野球で戦い続けるのだ。
18年夏。トヨタ自動車東日本は、創部初となる都市対抗出場を決めた。入社から5年目を迎えていた中里は、その時点で「頼れる」存在ではなかった。東京ドームでプレーする仲間を横目に、登板機会が巡ってこない現実を唇を噛みながら受け止めるしかなかった。
「ドームで投げられなかった悔しさを持ち続けて、ここまでやってきました」
花巻東高時代の1学年上で、トヨタ自動車東日本でも長らくチームメートだった大澤永貴さんは言う。
「中里は、18年の悔しさを経て変わったと思います。もともと高校時代から能力があって、地道に努力をしてきた投手。年々よくなっていく姿を見ていました」
11年目のシーズンとなった昨年からピッチングは安定して、トヨタ自動車東日本のエース格となった。中里は言う。
「フィジカルのトレーニングを積極的に取り入れて、球速のアベレージが上がり、変化球も安定していった」
補強選手で東京ドームへ
今年3月の東京スポニチ大会では、茨城トヨタペット戦で149球の1失点完投。大谷翔平の兄でもある、就任1年目の大谷龍太監督の初陣で白星を贈った。信頼度が高まる左腕は、都市対抗東北二次予選でも奮起。チームを東京ドームへ導くことはできなかったが、中里自身はTDKの補強選手として再び東京ドームに立った。トヨタ自動車東日本の生え抜き選手としては初めての補強選手だ。
「すごくうれしかった。東京ドームでやっと投げられるという思いもあって」
中里にとっては7年ぶりの大舞台だ。鷺宮製作所(東京都)との初戦を迎え、TDKのユニフォームを身にまとった中里は感慨にふけった。
「久しぶりに来て、やっぱり『雰囲気がいいなあ』と思いましたね」
投げる準備は整っていた。試合終盤までもつれた試合は総力戦となった。だが、最後まで中里がマウンドに上がることはなかった。初戦敗退。試合後の中里は「本当はめちゃくちゃ、投げたかったんですけど……」と言った瞬間、しまい込んでいた感情を止めることができずに大粒の涙を流した。
信は力なり――。
グラブに刺繍されているその言葉は、中里が高校時代から大切にしてきたものだ。
「なかなか自分に自信が持てなくて……。でも、周りの人からは『もっと自信を持っていいよ』と言われるんです」
大舞台の空気を感じたこの夏、「東京ドームで投げる」願いが成就することはなかったが、大切にしてきた言葉は嘘ではないことを実感した。鷺宮製作所戦を東京ドームのスタンドで観戦した大澤さんは「中里が投げる姿を見たかったですね」と言いながら、後輩へエールを送る。
「今、信頼があって、チームの絶対的なエースになっていると思うので、次こそは自チームで……」
無論、涙をぬぐった本人も思いは強い。
「自チームで東京ドームへ。そして今度こそは投げたいですね」
中里は「3度目の正直」を誓い、社会人野球での“12年目の夏”を終えた。
文=佐々木亨